第8話 やはり宴会でしょう

 風呂からあがると、いや、これは予想通りというか、おみつが着替えを持って立っていた。素っ裸な俺は躰を両腕で隠すように「えっちぃ」としゃがみ込む。


 おみつは、やはり「何してんだろ、こいつ」という目でジッと凝視していた。


「着替えをそこに置いて出て行けよ。セクハラで訴えるぞ」


「ヒト族のお召し物と違いますよ。ひとりじゃ着替えられないでしょう」


「んな、わけあるか。俺は一七だぞッ!」


 おみつが含み笑いをしながら出て行く姿を目で追いながら、しかしすぐに後悔した。脱衣所に置かれた服は浴衣だった。帯紐の結び方がわからん。

 下着もパンツみたいに簡単便利じゃない。ふんどしだ。テレビ番組で見たことはあるが、実物は初めてだ。こんなもの、どうしろと。


 物陰に白猫の視線を感じた。おみつだ。

「あのぉ……」


「ほら、やっぱり無理でしょう。萌ちゃんも着方がわからないと言っておりました。そのお兄さんなら、同じように手伝いが必要だろうと」


 おみつは意外にも有能だった。

 俺は羞恥心を捨てた。考えてみれば相手は猫じゃないか。雌猫だけど、人間の女じゃない。何を恥ずかしがっているのだ。


「まるっと、おねがいしまーすぅ」

 堂々、両手を広げて立つ。産まれたままの姿でおみつに全てを任せることにした。


 着替えが終わると俺は再びおみつに案内されて屋内を歩いた。それにしてもデカい屋敷だ。何畳くらいあるのだろう。と、いうかミーはここのお嬢さまなのかよ。我が家の飼い猫には、もう戻れそうにないな。


 通された畳の広間には、長いテーブルが二本と奥に小さな卓がひとつ。長テーブルの方には数匹の猫たちがバラバラに座っていた。俺の後ろからさらに何匹かが入ってきて「いやぁ、腹が減ったなあ」と座る。どうやら飯の時間らしい。

 俺もここへ来て……いやいや、前の世界から飯を食ってなかった。それを思い出すと『ぐぅ』と腹が鳴った。


「翔太さんお腹が空いたでしょう。さあ、そちらへ。じきに萌ちゃんも来ますわよ」


 だが、しかし。一抹の不安が脳裏を過る。

 猫の飯だぞ。まさかネズミとかトカゲの生肉じゃないだろうな。


 と考えて打ち消す。萌は一ヶ月前からここで暮らしていたな。偏食気味なあいつが食えるなら大丈夫か。


「ショウちゃん。似合うじゃない」

 後頭部から萌の声がした。俺の浴衣姿に感嘆している。


 町娘スタイルの地味な着物から淡いピンクの艶やかな浴衣に着替えた萌は当たり前のように隣に正座した。そのあとで足を少し崩して躰を傾けてくる。ショートヘアーが揺れた。石鹸の良い香りがする。


「おい、妹よ」


「なあにぃ?」


 こいつ、わざとやっているのだろうか。

 妹は妹であって恋人では無い。俺は萌と距離を取る。


「なんでよぉ、なんであたしと離れようとするのよ」


「あらまぁ、仲がお宜しいのですね」

 ミーが笑顔で声をかけてきた。不思議な気がした。うちにいたミーはこんな表情豊かじゃなかった。そりゃあ、まあ猫だからな。ならば、ここで俺と萌を見つめるこいつは誰なんだ。


「っていうか、ここはどこなんだ」


「今さら何をいってんの。異世界でしょう」


「異世界って……猫人間しかいないじゃないか。エルフとかゴブリンとか、そういう定番キャラはどこにいるんだよ」


 萌の視線がキツくなった。なんだ、俺は何か変なことを言ったか?


 ぞろぞろと猫人間たちが広間に集まってきた。一ヶ月前からここで生活している萌は皆と顔見知りなのだろう。笑顔で会話している。俺に対しては「増えてる」とか「お嬢さまも好きだねぇ」とか口々に好き勝手喋っていた。


「名前はあるのか」

 奉公人とはあきらかに雰囲気の違うキジトラが声をかけてきた。刀は外してあるようだが「サムライだ」とわかった。


「拙者は源次郎と申す」


「おれは翔太です、ども」


「うむ、大きな躰だな。家の警備を任せられそうだ」

 ……自宅警備員。笑えないぞ。


 代わりに萌が「ショウちゃんにピッタリな仕事ね」と笑った。

 文句を言ってやろうと立ちあがったとき、座敷の雰囲気が変わった。全員が立ちあがる。神妙な面持ちになる。萌も真面目な顔でやや俯く。


 ミーが手を牽くような仕草で一匹の老猫をひとり用の卓に招いた。座布団に座るその猫人間は袖無しの羽織り──紅いちゃんちゃんこを着ていた。小柄で、遠目にみれば仔猫のようにも見える。


「みんな、待たせてすまないねぇ。さあ、今宵も無礼講で楽しんでくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る