第7話 西園寺家にて
ミーに案内されつつ町をぶらつく。
ミーと同じ綺麗な着物を羽織った女性も静々と歩いていた。頭は猫だけど。
地面は赤土を固めたもので、でこぼこしていた。アスファルトにはない柔らかさを感じた。
空がやたら広く見えるのは高層建築物が無いからだ。太陽を眩しく思うのはいつぶりだろう。
石造りの井戸と小さな水路もあった。水廻りには雑草が覆い茂っていた。その向こう側に寺か神社の本殿だろう立派な装飾の施された瓦屋根が威厳を放つ。
俺の脇を仔猫たちが元気に駆け抜ける。
「牧歌的な風景だなぁ」
俺のつぶやきに萌が「素敵なところよ」と笑顔で応えた。
すぐ拷問したがる野蛮猫はいるけどな。そんな気持ちを飲み込んで「そうだな」と愛想笑いに徹した。
目の前に大きな屋敷が迫った。
「ようこそ、
ミーが先導するあとに続いて門を潜る。
「お嬢さま、おかえりなさいませ」
「
小次郎と呼ばれた雄猫のお手伝い……だろうか。ブチ猫は庭を掃除している手を止めると俺へ視線を向ける。
「また拾ってきたのですか」
呆れたような、笑っているような、微妙な表情だ。
それにしても、『拾った』という言い方は何なんだ。さっきのサムライも『飼う』と言ってたが、人間をなんだと思ってんだ。
「うちで奉公してくれている
小次郎はホウキの枝に両手で体重をかけながら俺を凄むように見上げていた。
「しかしヒト族の雄ってのは、大きな躰してんなぁ。力仕事とか得意そうだが──お嬢さま、こやつは家畜として使わないのですか」
「翔太さんには西園寺家でゆっくり寛いでもらうつもりです。家の手伝いをさせては駄目よ」
「愛玩用かぁ。勿体ないねぇ」
小次郎はミーに軽く会釈すると、再び庭の掃除を始めた。
「翔太さん。お風呂が沸くまで庭を見てて下さいね」
ミーは俺ひとりを残して、萌と一緒に屋内へ入ってしまった。
仕方なく縁側へ座る。鼻歌交じりに掃除に興じている小次郎を見ながら、何故か声をかけてしまった。
「この仕事は長いのかい」
しかもタメ口だ。猫だからかもしれない。
「そうさなぁ、もう三年になるかな」
掃除の手は休めないが、俺の質問には答えてくれた。ミーの言葉が効いているのだろう。
「前は何をしていたの」
何気ない会話のつもりだったが、小次郎は手を止めた。
空を見上げる。
そして溜息ひとつ。
「あ、ごめん。聞いちゃいけなかったか」
「いや、かまわんよ。町一番の
「あいつら?」
「お湯が沸きましたわよ」
屋内から別の猫人間が出て来た。白猫だった。女性のようだ。
「ああ、これは、どうも」
「本当にヒト族って頭の上にしか毛が無いのねぇ。萌ちゃんを初めて見たときもおもったけど……あたしは下女のおみつ。
おみつから急かされるように風呂場まで案内された。
「不思議な着物を着てるわねぇ」
俺が脱衣するのをジッと後ろで見ている。いやいや、猫とはいえ恥ずかしいぞ。
「あとは大丈夫だから」
「洗濯しますから早く脱いでください」
「だからー、恥ずかしいから向こうへ行っててよ」
俺の訴えを「理解出来ない」とまん丸な目で凝視しつつ首を傾げた。それでも脱衣場からは出て行ってくれた。
浴槽は檜製で良い香りがした。五右衛門風呂のような
「あれ、でも猫って風呂嫌いだよな。猫じゃなくて猫人間だから少し違うのかな。服を着てるところからして俺の知る猫とは別物か」
湯に浸りながら、天井を見上げた。さて、これからどうするか。
明日から母さんを探さないといけない。転移した時間が違うのが気になるけど。何十年もズレることなんてあるのかな。もしも百年違っていたら会えないよなあ。
とにかく再会を信じて聞き込みだな。見つけたら縄で縛ってでも連れ帰るぞ……帰るぞ……帰る?
帰れるんだよな。
こっちにも『星雲ぐるぐる』あるんだよな。
母さんなら帰り方を知ってるんだよな。
ちゃんと帰宅準備出来ているんだよな。
凄まじい不安が俺を襲った。
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