第6話 郷愁との再会

 やばい、やばい、やばい。逃げなきゃ。

 必死の抵抗にも関わらずブチ猫は平然と縄を引っ張る。俺は番屋へずるずる引きずられていく。こんな毛玉風情にいいようにされてなるものか。力を入れて踏ん張った。


「うぬ、如何いかが致した」


「俺は何も悪いことはしてない」


「それは、これから調べまする」


「拷問はしないって約束してくれ」

 ブチ猫とトラジマが顔を見合わせる。やや意地悪な表情になった。


おとこなら耐えよ」


 ばかかーッ!

 意味不明だよ。つーか、こいつら拷問が趣味なんじゃないのか。


 なんとかして逃げなきゃ。さらに力を入れるが、ブチ猫は力が強かった。くそ、こんなチビ猫に負けるのかよ。こんなことなら、もっと躰を鍛えておけばよかった。


「あれ、ショウちゃん」


 聞き知った声がした。振り向く。

 黒髪のショートヘア。黒目の大きな瞳。


「萌ッ!」

 思わず叫んだ。格好良く妹を救い出す兄、なんて妄想は妄想だった。妹に助けてもらおうと、俺は泣き叫んだ。


 萌はセーラー服ではなく、町娘のような和装だった。その隣には高価な着物姿の三毛猫がいた。


 ……三毛猫。


「あ、ミー」

 その顔は間違いない。ミーだ。涙が溢れてくる。


「ミー、ミーだよな。俺だよ、翔太だよ」


「その方は、どうされたのですか」

 ミーがトラジマに声をかけた。


「ああ、これは西園寺さいおんじのお嬢さま。川向こうの山林で怪しいヒトを捕らえました。これから取り調べを行うところです」


 やっぱり拷問する気だったんか!


「そのひとは、あたしの兄です」

 萌の言葉に、猫サムライたちは顔を見合わせる。


「わたくしからもお願いします。萌さんのお兄さまが悪人のはずありません」


「はぁ、そうですか」


 トラジマはそう言うと「美衣みいお嬢さまが、そちらのめすのヒト族と同じように飼われるというなら良いでしょう」


 飼う?


「もちろんです。西園寺家に住まわせます」

 凜とした口調に猫サムライは縄を解いた。俺に対しても一礼すると「身元引受先が見つかったので釈放でござる」と残念そうに言い放つ。


「拷問されなくて良かった」


「はは、何を言っておられる。拷問をする気など最初から無い。茶でも飲みながらヒト族の生活ぶりを聞きたかっただけでござる」


 嘘だ。ケモノの言うことなんて信じられるもんか。

「ショウちゃん」

 萌が呼んだ。っていうか、ここでも名前呼びかよ。あ、でも母さんの部屋で恐怖に震えながら「お兄ちゃん」って漏らしてたな。やっぱり、心の奥では俺を兄として頼りにしていたんだな。

 感涙に噎びながら妹へ駆け寄ると手を握った。

 良かった。ああ、本当に良かった、俺。


 そして、何よりもミーだ。

「ミー、こんなところで出逢えるなんて」


 しかし、ミーは不思議なものをみる目で俺の感動を受け止める。


「萌さんにも言ったのですが、わたくしには理解の及ばぬ話です。おふたりの事はまったく知りません」


「ええ、そんな。だったら何故助けてくれたんだ」


「わたくしの名を呼びました。それに、お会いしたことは無いはずなのに、なぜか懐かしい気持ちにさせられたのです」


 ミーの言葉に続いて萌が声をあげる。

「ショウちゃん、一ヶ月もどこへ行ってたのよ。探したんだからね」


 一ヶ月だと?

 俺が目覚めたのは一時間ほど前だぞ。

「おまえ何を言ってんだ。それに、その格好。セーラー服を着ていたはずだろ」


「何を聞いてたのよ。ミーの家にお世話になってるの。こっちへ飛ばされてきたらショウがちゃんいなくて。ミーと出会わなかったらどうなっていたか」


 どうやら、この世界へ到着した時間に差異があるようだ。俺たちを吸い込んだ『星雲ぐるぐる』は、本当にブラックホールだったのかもしれない。にわか知識だけど、ブラックホールの中心に到達するとタイムリープするって聞いたことがある。まったく、なんてものを創ったんだよ。


 そうだ、張本人はどうした。

「母さんを見なかったか」


 萌は首を振った。


「おふたりとも、どうぞ屋敷へ帰りましょう。お兄さまもお疲れでしょう。湯浴みの準備をさせます」

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