6月25日(火)
私立
雨の中、傘を差した僕とミライさんはその中学校の正門付近にいた。
昨日の少女の着ていた制服に見覚えがあった。近所の学校だろうと思って調べたらやはりそうで、僕たちは隣町に来ていた。
正門から出ていく人はあまりいない。僕たちも学校が終わってから急いで直接来たが、それでも残る用事のない生徒はもう帰ってしまった後だろう。
「見かけても分かるかな」
そもそもローブで身を包んでいた。背が低い印象だったが、彼女の顔をよく見たわけではない。目の前を通っても気付かない可能性がある。それに加えて雨と傘で確認しにくい状況だ。
そうミライさんに言ってはみたが、僕たちに諦めるという選択肢はない。
「彼女の髪型」
「え?」
「長い黒髪を二つに結っていた。それに、髪飾りも」
「そうだ、薄ピンク色の紐で結んでたな」
それでしかあの少女のことを判別することはできない。毎日同じ髪型であるとも限らない。しかしそうであってくれと願うことしかできない。昨日からずっとローブのことを気にしている、左隣にいる彼女が少し心配だった。
「部活動が活発な学校だったはずだから。まだ残ってる生徒の方が多そうだし、きっと見つかるよ」
「そうだといいけど」
何時間もうろつくわけにもいかないので少し離れたところで正門を観察する。高校の制服を着ているとはいえずっといるのは怪しい。
「なんか探偵みたいだね。張り込みしてる気分」
「遊びじゃないのよ」
「分かってるって」
「あんぱん持ってくればよかった」と言うと、「橘くん?」とたしなめられた。
*
「あ、あの子じゃない?」
あれから大分時間が経った。雨はもうほとんど止んでいた。部活終わりの生徒が流れてきたため注意して観察していると、それらしい女子生徒を見つけた。同じような髪型の人は何人もいたが、落ち着いたピンク色の紐を見て昨日の少女だと確信した。昨日は持っていなかった、髪飾りと同じ色をした傘を手に持っている。
その女子生徒は3人の友人と一緒に下校するようで、笑いながら会話をしている。
「追うよ」
どうする? と聞く前にミライさんは動き出していた。
「……ストーカー?」
「探偵でもストーカーでもないから」
君は良くても、男子高校生が女子中学生の後を追うって、絵面はかなりやばいよ。
調査のためだと思考を塗り替えて大人しくミライさんについて行く。
数メートル先を歩く彼女たちに目を向ける。昨日かなり印象に残る登場をした割には、どこにでもいる大人しい中学生に見える。会話までは聞こえないが、友人の話を聞き控えめに笑うしぐさに、育ちの良さを感じた。私立中学だし、頭の良い人が多いイメージがある。僕が小学校のときもここを受験する同級生がいたけれど、クラスで一番成績がいい人だった。
「しずく、またねー!」
いつ声をかけようかとミライさんと話していると、少女はすぐの別れ道で友人たちと別れた。そのうちの一人が手を振り、少女もまた、控えめに振り返している。少女の名前は“しずく”というらしい。
彼女が一人になり歩きだしたところで、ミライさんは早足になった。僕もその後を静かに追いかける。
「ねえ」
ミライさんが後ろから声をかけたが、振り返らない。自分のことだと気付いていないのだろう。
「魔法」
それだけを、ミライさんは言った。
しかし効果はてき面だと思った。
少女はぴたりと足を止める。呼びかけたわけでも名前を言ったわけでもない。その言葉を聞いて反応があるということは間違いなかった。
彼女が魔法のローブを持ち帰った少女だ。
「君、だよね?」
僕も彼女に続いて優しく問う。しかし“しずく”と呼ばれた少女はこちらを振り返らずに走り出してしまった。
「あ、待って!」
僕たちは少女の後を追う。昨日と同じだ。しかし彼女はローブを着ていない。見失うことなく僕とミライさんは走り出す。
ばしゃばしゃと水たまりに足を入れることに躊躇はない。足元が濡れていく。ミライさんは僕より前を走る。早い。僕もそこまで足が遅くはないはずだが、さすが体育祭のクラスリレーを代理で出場し勝利をもぎ取っただけのことはある。
ミライさんは少女に追いつき、肩に触れた。
「きゃっ」
「待って!」
「いや!」
少女はそれでも振り切って走り出そうとする。ミライさんは「お願い、待って」と語りかける。しかし少女はかなり狼狽しており話せる状態ではなさそうだ。
二人に近づけず、様子を見ていた僕は思わず声を上げる。
「僕は人間だ!」
「!」
少女は止まった。ミライさんより背が低い小柄な少女は、目を見開きながら僕を見る。肩を上下させる彼女が落ち着くのを待ってから、僕は切り出す。
「ごめんね、急に話しかけて。昨日公園で会ったんだけど、分かるかな」
少女はまだ警戒を解いていない様子だが、小さく頷く。
「昨日君が着ていたローブあるよね? あれの持ち主を知っているんだけど、返してくれないかな?」
「あれ、どこで拾ったの」
少女が口を開く前に、ミライさんが更に質問した。
〈境界〉から戻って、見えるところに散らばっていた魔法具たち。すぐに回収したはずのそれらの中から、ローブだけが消えていた。取り返すことも大事だが、〈境界〉について調べているミライさんがその質問をするのは分かる。
しかし、少女から見たら僕たちは知らない人で、年上だ。加えて男と無表情外国人という二人組。魔法の話をしていたし怪しいに決まっている。怖がられるに決まっている。案の定、少女は口をつぐんでしまった。
「ちょっとミライさん。ゆっくり聞かないと怖がる」
「……そうだね、ごめんなさい」
「あのっ」
少女が声を発した。その声は昨日、雨の中で聞いた透き通った高い声だった。
「その持ち主って、誰ですか?」
その質問に、ミライさんが答える。
「……私の叔父、だけど」
「どんな人、ですか?」
ミライさんは腕を組みながらジャスパーさんの特徴を上げていく。
「三十代で、背が高くて、私と同じ髪色をしてる」
それを聞いた少女は顔を曇らせる。
何故、その表情をするのだろう。
「渡せません」
きっぱりと断られた。今の話で、どこに断る要素があったのだろうか。それともジャスパーさんが嫌われてる?
ミライさんは眉をひそめた。まずい、彼女は昨日からローブを取り返すことで頭がいっぱいだ。彼女が口を開く前に、僕は慌てて少女に聞く。
「あー、えっと、なんで渡せないのか教えてもらってもいい?」
「……あれをくれた人が、違うからです」
「くれた人?」
ミライさんがいつもの調子で言うと、少女はびくりと肩を震わせた。ミライさんはそれに気付き、決まりの悪そうな顔をする。僕が彼女の代わりに聞く。
「誰に、もらったの?」
「……男の人。でも、多分、お兄さんたちが言ってる人ではありません」
ミライさんに「知ってる?」と聞くが、首を横に振られた。
誰なのだろう。この少女に魔法の道具を渡したのは。
少女にローブを渡した人が違うから嘘を吐いていると思われているのだろう。しかし僕たちは本当のことしか言っていない。何かあっても魔法で解決できるが、今回ばかりは人間の少女を相手に強引に出るわけにもいかない。この少女が僕たちを信じてくれない限り、ローブを取り戻すことはできないだろう。
「あの、」
悩んでいる間に少女から声をかけられた。
「どうしたの?」
「あの、あれは魔法なんですか……?」
確信をつこうとする彼女に、僕はなんて答えたらいいか分からなかった。相手はこっちの世界の人間だ。どこまで言っていいのか、僕には判断ができない。そうしているうちに、ミライさんが答える。
「……そう、魔法だよ」
「ミライさん、言っていいの?」
僕が心配していたことを彼女が言ってしまい、思わず聞いた。
「いい。彼女はもう知ってる」
ミライさんは魔法がバレることはもう諦めているようだ。目の前の少女がどこまで知っているか分からないが、もう無関係ではない。
当の少女は、「本当に、魔法なんだ……」と呟いている。
……何だ?
何か、おかしい。魔法が存在することを再確認し、その事実を噛みしめている目の前の少女。その反応を見て、何かが引っかかる。しかしこの違和感を言語化できない。
分かるのは、今回は魔法で解決することはできないということだ。
ただ、少女はあのローブが魔法であることに興味を示している。
――君たちの一番良くないことは、君が納得していないことだ。
そう、分からないことをそのままにしてはいけない。言葉を交わさなければいけない。僕は一歩前に踏み出して、
「僕、早暁高校二年の橘悠紀って言うんだ。彼女は同級生のミライさん」
急に自己紹介を始めた僕に、少女はきょとんとする。
「君の名前さっき聞こえたんだけど、しずくさんで合ってる?」
「……は、はい」
「雨に下、で、
頷く。雨の日に出会って、雨に消えていった彼女にぴったりの名前だ。
「雫さん。魔法のローブは無理して渡そうとしなくていい。渡してもいいなと思ったらでいい。君に任せるよ。だからこれだけ約束してほしい。魔法のことは内緒だ」
「……分かりました」
「……魔法のこと、あのローブのこと、知りたい?」
少女の瞳が揺れる。きっと迷っている。それを見て、僕は更に言う。
「ごめん、もう待ち伏せはしないよ。怖かったよね」
魔法が使えるという人に追いかけられたんだ。怖かったに決まっている。
「もしよかったら話さない? ファミレスとか、人がいるところでいい。ローブは持ってこなくていい。もちろん、断ってもいい」
彼女が来ないのであれば、それでもいい。仕方がない。これは本心だ。
けれど、かなりずるい言い方をしている、と我ながら思う。
魔法の話をちらつかせて、来なくてもいいと言う。彼女に委ねられている提案だ。
こう言えば少女は来てくれる気がした。ローブのことを知りたい気持ちに付け込んでいるような気分になってしまう。しかしそうでもしなければ、少女との繋がりをここで切ってしまったらもう接触することはできないだろう、と思った。なにせ彼女は、透明マントを持っているのだから。
雫さんは十数秒、沈黙し、
「……昨日の公園でいいですか」
それで納得した。
*
雫さんは寄るところがあるようで、それを済ませてから来ると言った。僕はそれに了承し、彼女と別れた。
僕たちは公園の屋根の下のベンチに座り、雫さんを待つ。
「彼女、来ると思う?」
ミライさんが僕に聞く。あのまま雫さんと別れてしまって不安なのだろう。
「僕は来ると思うなぁ」
背もたれに寄りかかりながら、のんびりと答える。綺麗に整備されている公園なので、汚れはあまり気にならなかった。
根拠はないけれど、きっと雫さんと僕は似ている。普通の女子中学生。魔法という非現実的なものを手に入れてしまって、気にならないはずがない。
ミライさんは僕のそんな様子を見て、分からないと言いたげだ。
「それにしても、あんなこと言うとは思わなかった」
「あんなこと?」
「ローブのことはいいって。私はまだ諦めてないんだけど」
それでも僕と雫さんの会話を黙って聞いてくれていたのは、自分ではあの場をどうにもできないと思ったからだろう。雫さんはミライさんにおびえている様子だった。初めて会ったときの会話を聞かれていたのだから、ミライさんが魔法を使えるのではないかと思っているはず。それに加えてミライさんの固い表情と、ローブを取り返さなければという焦り。きっと雫さんの目に映ったミライさんは怖かったのではないだろうか。
「僕も諦めてないよ。でも、まずは信用してもらわないと」
「……ごめんなさい」
「ええ?」
唐突な謝罪に、僕は気の抜けた声を出してしまった。いつもは僕が謝っている側だ。
「な、何が?」
「私、彼女を怖がらせてた」
「ああ、あれはしょうがないでしょ」
ミライさんは気にしていたらしい。ただでさえ誤解されやすい彼女だ。あの状況ではなかなか難しいと思う。
しかし、ミライさんの気持ちも分かる。叔父さんの魔法具、〈境界〉のこと、雫さんにローブを渡した人物。彼女がローブを取り戻したい理由がたくさんある。
「だから雫さんと話したいんだよ。会ったら彼女に謝って、聞きたいことを一つずつ聞こう。それで、納得して返してもらおう」
「……」
雨の音を聞きながら、少女を待つ。用事はどれくらいで終わるのだろうか。
「……それにしても、色々おかしい」
ミライさんが話し出す。その声の調子はいつもと同じ、凛としたものに戻っていた。真面目な話だろう。
「彼女は魔法という単語に反応した。私たちの会話を聞いただけで、魔法を冗談と捉えずに信じた。『魔法』と言っただけで立ち止まって、逃げた」
あの日の僕たちの会話。
――乾かす魔法、使っちゃえば?
――ダメ。というかあなたが乾かしてほしいだけでしょう。
――バレたか。
こんな会話、全く知らない人が聞いたら話の流れで出た冗談だと思うだろう。普通、僕たちが本気だとは思わない。
それを、雫さんは信じた。しかし。
(これだ)
雫さんと話していて感じた引っ掛かりが、分かった。僕はそれをミライさんに伝えようと口を開く。
「でも雫さん、疑心暗鬼だったんだ」
「おかしいよね。すぐに信じた割りには、魔法の存在を確かめるような質問をしてきた」
ミライさんは指を顎にかけながら「それに、」と続ける。
「彼女はローブの使い方を知っていた」
「……誰が彼女にローブを渡したのか」
結局そこだ。その人物が彼女に魔法のことを吹き込んだ。あのローブがどういうものなのかを教えた。
「魔法使いって誰でもこっちの世界に来れるの?」
「いいえ、申請が通らないと来れない。それもちゃんと審査があるからごく少数だし、そもそも向こうの世界ではこっちの情報があまり出てないの。存在はみんな知っているけれど。どんなところか分からない場所に、行きたいと思う人はあまりいない」
「へえ」
では、雫さんにローブを渡した人も審査を受けて世界を超えてきたのだろうか。
そんな話をしていると、しとしとと降る雨の風景に人が見えた。傘を差して、長い髪を揺らしている。雫さんだ。ミライさんは「本当に来た」と驚いた。
雫さんは傘を閉じ、屋根の下に入ってくる。真剣だったこの空気を変えるため、微笑んで挨拶した。
「こんにちは、雫さん。さっき振りだね」
「こ、こんにちは。えっと、橘さん、でしたっけ?」
「そう、合ってるよ」
立ったままの彼女に「座る?」と言うが断られる。
「いえ、少ししたら帰ります。あれも今持ってないです」
座ったままの僕たちの前に雫さんはいる。しかしあまり近くまでは来ないで、雨に濡れないギリギリのところで止まって動かない。
ミライさんはさっきのことをまだ引きずっているのか、何も話さないで空気と化している。もともと口数の少ない彼女だ。こうなるとは思っていたけれど、雫さんも大人しそうな子だ。こういうときコミュニケーション能力のある朝桐がいてくれたらいいのにと思う。いや、朝桐は騒がしいから菊永の方がいいかも。
無言にならないように、たわいのない話を振る。
「今日は部活だった?」
「は、はい」
「何やってるの?」
「えと、筝曲部です」
「へえ、かっこいいね! いいな」
「あ、ありがとうございます……」
「ミライさんは琴分かる?」
「分かる。日本の伝統楽器だよね。あっちでも聞いたことがある」
ミライさんのいうあっちとは向こうの世界のことだ。雫さんにはきっと母国のことだと思うだろう。
「僕は音楽さっぱりだなぁ。ミライさんは?」
「私も特には」
「あっちで部活は?」
向こうの世界に部活はあるのか気になった。魔法関係のものが多いのだろうか。
「入ってない」
「はは、僕たち二人、帰宅部なんだ。部活してる人、すごいなって思うよ」
雫さんは「そうなんですか、」と相槌を打つ。
彼女は懐疑的な表情でおずおずと聞いてきた。
「……お二人は、その、何をされてるんですか?」
「何を……」
雫さんの言う“何”とは、きっと習い事や趣味の話ではない。僕たち二人が何をしているか。人間と魔女の二人が、何が目的でローブを求めているのか。
これはどこまで言っていいのだろうか。左隣のミライさんに顔を向ける。彼女に説明させた方が確実だ。
「僕たち何をしてるの?」
ミライさんは「はあ?」という表情で目だけ合わせてくる。
「……分かってないの?」
いや、分かってるに決まってるだろ。
心の中で突っ込む。そういう意味じゃないって。そのままの意味で捉えるなよ。
「……」
いや、何か言ってほしいんだけど。
「……ある事件を追ってる」
きっと彼女は色々考えた結果、詳細は伏せることにしたのだろう。
「ふっ……」
「なに笑ってるの」
僕が尾行を探偵みたいと言ったら否定したのに、ドラマの刑事のような返答をするものだから笑いが漏れてしまった。
不服そうなミライさんから顔を背けて、口元を抑える。
「……っ、いや、なんでもない。そうそう、僕たちは事件を追ってる」
「……探偵ですか?」雫さんはそう言った。
「はは」
ほら、やっぱり。
「違うけど」
「まあ、探偵みたいなものだよ」
「橘くん、遊びじゃないって言ったよね」
口だけならどう言ったっていいじゃないか。
「雫さんも探偵って言ってるし。それだけ聞いたら探偵でしょ」
それに、そういうことにして話を進めたほうが分かりやすくない? と小声で言うと、彼女は「……もうそれでいい」と諦めた。勝った。
「高校生が、ですか?」
雫さんは更に疑問をぶつけた。僕も探偵と言う設定で適当に返す。
「ミライさんが、ね。魔女だし。僕は人間で、うーん、彼女の手伝いかな。僕たちは今、ローブの持ち主に頼まれているんだ。無くしたから探してほしいって」
「魔法使いからの依頼ですか?」
「そう、魔法使いからの依頼。魔法具のお店やってる人なんだ」
「魔女……、魔法使い……」と雫さんは確かめるように言う。足元を見ていて何かを考えている様子だ。
「信じられないかもしれないけど、魔法が本当なのは分かってるよね? 僕たちが高校生なのは学生証があるから証明できる。悪い奴ではないし、君に危害を加えることもしない。ね、ミライさん」
「昨日の私たちの会話、聞いていたなら分かるでしょう。乾かす魔法は使わないって。基本的に魔法は使ってはいけないことになっているから、安心していい。……さっきは怖がらせてごめんなさい」
さあ、僕たちの素性と目的を明かした。今日のことも謝った。これを彼女が信じてくれるか。
数秒の沈黙。雫さんはまだ足元を見つめている。彼女の畳んだ傘から滴った水が、乾いたアスファルトの上に小さな水たまりをつくっていた。
そして意を決したように顔を上げる。
「私っ、
彼女は僕たちを信じてくれたようだ。
梅咲さんね、と確認すると、雫でいいですと返された。
「それで、その、ローブのことなんですけど……、もう少し考えさせてください」
しかし信じることとローブを返すことは別のようで、雫さんは恐る恐る言う。
「……叔父さんは急がなくていいって言ってくれてるけど」
「理由、聞いてもいい?」
えっと、と言葉を濁す。何か複雑な理由でもあるのだろうか。
「……あ、あれをくれた人が持ち主だと思っていたので、」
「まあ、そうだよね」
彼女からしたらそうだ。彼女はジャスパーさんのことを知らないのだから、直接会ってローブを渡してくれた人物の方が信用できるのだろう。
それじゃあ、と僕はミライさんに言う。
「ジャスパーさんに会ってもらう?」
「それなら大丈夫だと思う」
あ、ジャスパーさんって人が依頼人ね。ミライさんの叔父さん。と雫さんに解説をする。
最近忙しそうだけど、少しなら多分、とミライさんはスマホを鞄から取り出した。
「叔父さんに会うだけなら平日の放課後いつでも行けるけど、どうする?」
「え、あ、会えるんですか?」
依頼人、ましてや魔法使いに簡単に会えてしまうことに驚いているようだ。それはそう。
更に僕が続ける。
「喫茶店やってるから、お客さんとしてなら行けば会えるよ。お店は十九時までだけど」
「き、喫茶店……?」
「叔父さんは平日なら夜でもいいって言ってる」
ジャスパーさんに連絡を入れていたらしいミライさんは、スマホの画面から顔を上げた。
とんとん拍子に進む僕たちに、雫さんは「あ、ええ、あ」と戸惑っている。
「開店中なら他のお客さんもいるし安心だと……、部活があるか」
「いえ、活動休みの曜日もあるのでその日なら……。明後日とか……」
「あ、本当? 夜遅いとお母さん心配するだろうから、そうした方がいいかな」
「あ……、そう、ですね。遅くない方が、いいかもしれないです」
雫さんはまばたきをして目を伏せた。もしかしたら厳しい家庭なのかもしれない。行方不明事件で敏感になっている家庭も多いと聞くし。
「あ、時間大丈夫?」
そういえば、と僕は雫さんに聞くと、はっとした様子で公園の時計を確認し、「あ、そろそろ塾が……」とこぼした。
「明日も同じ時間に来れたりする?」
「あ、はい、また来ます」
「ありがとう。塾と部活、頑張ってね」
「はい、それでは……」
こちらに軽く頭を下げてから、外に向かって傘を広げる。歩み出す前にもう一度こちらに顔を向けて会釈した。僕は「じゃあね」と手を振って見送る。
ひとまず、雫さんとはまた話すことができそうで安心した。
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