第9話 朧の実力

「はぁはぁ……」


(敵の数が多すぎる。倒しても倒しても出てくる……)


 クロッサ撃破後、順調に奥へと進み続けるリーサと新の二人。だが、敵の根城のかなり深部であり、たった二人での戦闘は流石に厳しい。さらに包囲されてしまっている。


(魔力を温存しながら進まないといけないのに……)


 さらなる強敵との戦闘に備えて魔力の温存をしながらの戦闘により、体力を消耗している。


「後ろが手薄になった!強行突破して逃走を!」


(ルイカちゃんの的確なナビゲーションのおかげでなんとかなってるけど、それでもかなり厳しい……)


 二人は無事包囲を脱出し、敵を撒くことに成功した。

 

「な、なんとか撒けたみたいっスね……」


「これ以上二人での戦闘を続けるのは危険すぎる。どうにかして他の小隊と合流できればいいけど……」


「近くに小隊はいないようですが……一応連絡してみます」


(このまま接敵しては逃げてを繰り返しても状況は悪くなるばかり……)


「いたぞ!こっちだ!」


 敵の追っ手に見つかってしまった。


「多すぎる……逃げよう!」


「はいっス!」


◇◆◇◆◇◆


 ここに入ってどれだけ時間が経っただろうか。あまりにも広いこの洞窟は防衛には向いているが、どうやって普段から本拠地にしていたのか疑問に思うほど入り組んでいる。


「そろそろ限界っス……」


 かなり走っていたためか、新はかなり消耗しているようだ。リーサも、強敵と戦えるかどうかといった状況である。


「少し休憩しよう。G4、こっちでも周囲の警戒はしておくけど、生体反応がないか確認しておいてくれる?」


「了解です。少しでも敵の気配があればすぐに逃げてくださいね」


 二人は溜まっていた疲労に襲われるように腰を下ろす。


「ふぅ……」


 パチパチと、周囲の壁面にかけられた複数の松明が燃える音だけが聞こえる。


(周囲に敵の魔力は感じない……しばらくは大丈夫そうかな)


「ホント、カロのやつどこ行ったんスかね……アイツが居てくれるだけでかなり違うのに」


「うん……でも、何か考えがあっての行動かもしれないし……」


「あいつに限ってそれはないですよ。彼、戦いが好きなんです。前隊長の時も単独行動が多くて」


「そうなんだ……」


◇◆◇◆◇◆


「近くまで味方の小隊が来ているようです。同じ第一の部隊かはわかりませんが、とりあえず合流しましょう」


(よかった……とりあえず今はなんとかなりそう)


 立ち上がろうとしたその時――


 キン!


 真後ろで鳴った金属同士がぶつかる音、突如出現し向けられた殺意がすんでのところで止まっていることを見ずとも感じる。


(な、なにが起こった……?)


 リーサが振り返ると、そこにはナイフを突き刺そうとしているガスマスクをしている男と、そのナイフを短刀で防いでおり、下半身がリーサの陰に埋まっている朧の姿があった。


「お、朧!?」


「気配と魔力を完全に消して狙っていたようだ。なんとか間に合った」


 ガスマスクの男をはじき返した朧はリーサの陰から体を完全に出し、腰にさしていたもう一刀の短刀を持ち、構え直す。


「二刀流、ニンジャという部族の装束、影より出でるその能力……第二部隊の隊長、月谷朧か」


 ガスマスクの男は持ち手に紐がついているナイフを逆手に持ち、朧に聞く。


「あぁ。そっちは?」


「《若頭》のアノス・イーヴンだ……私の気配に気づき、即座に他者への攻撃を防ぐ……実力はかなりのものと思える」


(この男の気配はおろか、殺気すら寸前じゃないと感じ取れなかった。それに若頭……さっきの女は若頭補佐だった。1つ上……それだけでここまで違うのか)


「朧さ~ん!」


 後ろから男が2人走ってきた。おそらく、朧の小隊の2人だ。近くに来た小隊は、朧の隊だったようだ。


「みんな下がってろ。俺1人でやる」


 朧はそう言った途端、とんでもないスピードでアノスに接近し、二刀の刀で斬りかかる。


「速い。重さも十分」


 アノスは片手で持ったナイフ一本で受ける。


「軽く受けたくせにお世辞は野暮だろ」


 朧はアノスの腹部を蹴り、自身も下がって距離をとる。


「本心のつもりだったが……相容れんな」


 朧は数本のクナイを投げる。


「安い飛び道具は効かん」


 全てはじき、今度はアノスが接近する。朧は手裏剣やクナイを投げるが、数本のクナイはかすりもせず壁にかけられた松明の真下へと突き刺さる。当たる軌道のものは、アノスは冷静に止まってはじき返す。


「効かんと言ったはずだ」


 アノスがナイフを振りかざし、朧は短刀でそれを防ぐ。


「防いだつもりか」


 背後に回り込んだのち、さらに連続攻撃。朧はなんとか防いでいる。


「隊長が押されてる……!?」


 第二の二人は相当驚いていた。


「そんなちんけな連撃じゃ届かねぇよ」


「ふむ……残念、もう終わりだ」


 次の瞬間、朧の体は紐に縛られてしまった。


「なに……!」


「私のナイフに紐がついている意味を、わざわざ回り込んで攻撃した意味を考えなかったか?」


「ちぃ……!」


 朧はなんとか紐を外そうとするが抜けない。


「無駄だ。この紐特殊な金属でできている。そう簡単には切れまい。ましてや人の力なぞでは千切れることもない」


 アノスが少しずつ近づいていく。


 キンッ!


 突如投げられた手裏剣も足を止めて冷静にナイフで防ぐ。


「ほう……右腕だけは縛られるのを逃れていたか。だが、一撃で決められなかった時点で終わりだ」


 朧は再び手裏剣やクナイを投げまくる。だが、再び数本のクナイはかすることすらなく壁の松明の真下へと突き刺さった。当たる軌道のものも冷静に全てはじかれてしまった。


「やけくその飛び道具も効かない……絶体絶命だな。もう終わりだ」


「あぁ……お前は終わりだ」


「なに……?」


 朧は後方へと倒れこむ。


「ふん……最後はくだらん戯言か。ガッカリだよ」


 倒れこんだ朧はそのまま、自身の影の中へと入っていった。


「……実にくだらん。そのまま私の影から出てきて攻撃をするつもりだろう。確かに周囲にある松明の数からしてどの私の影から出てくるかはわからないが、そんなもの分かっていれば対処は容易だ。その程度の策で勝ったつもりか。つくづくガッカリさせられる」


(朧……)


 アノスはナイフを構えて周囲の自身の影を警戒する。だが――


 ヒュンッ!


「がぁ……!」


 どこからか投げられた手裏剣がアノスの背に突き刺さる。


「な、なに……どこだ!」


 ヒュンッ!


「ぐぅ……!」


 再び投げられた手裏剣がアノスの腹部へ突き刺さる。


「な、なぜだ!?どこから投げている!?」


 次々と投げられる手裏剣に為す術なく突き刺さっていく。


「ま、まさか……!松明の下に刺さったクナイの影か!」


 見ると、手裏剣を持った手だけが壁に刺さったクナイの影から出ていた。


「くっ……!調子に乗るなよ小僧がぁ!!」


 アノスは投げられる手裏剣やクナイを防ごうとナイフを振り回すが、数本防げる程度だった。


 またしても投げられた手裏剣を防いだその時――


 ザシュッ


 アノスの影から飛び出た朧はその勢いで右手に持つ短刀でアノスを斬り払う!


「ぐぁぁぁぁぁ!!!」

 

「当たりもしないクナイを投げていた意味を、絶体絶命のときに影に入り込んだ意味を考えなかったか?」


 斬られたアノスはそのまま倒れる。


「ガッカリはしない。俺はお前の想定を超えたかもしれんが……お前は俺の想定を超えなかった」


 短刀を鞘に納め、朧は巻かれた紐を解き始めた。


(つ、強い……!これが、第二部隊隊長……月谷朧……!)


 リーサは朧に駆け寄り、紐を解くのを手伝い始めた。


「悪いな、リーサ」


「お、朧……全て、計算していたの?クナイが刺さって影ができることを。あいつが飛び道具に気を逸らして隙が生まれることも……」


「……当然、初めから考えていたわけじゃない。戦ううちにやつの癖を見抜いた。やつはお前に攻撃する直前、殺気や魔力を抑えられていなかった。そして飛び道具を防ぐときに足を止めた。1つのことに対応する能力は高いが、同時に2つのことに対応する能力は低いと思った。」


(たった数分でそんなことを見抜くなんて……)


 紐を解き切った朧は立ち上がった。


「隊長!《危険度3》若頭のアノスを一人で!」


 朧の隊の二人が駆け寄る。


「……同じ隊長格として負けられない、っスよね!」


 新はいい笑顔でリーサを鼓舞した。


「うん……!」

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