第5話

「入浴中は危険なので近づかないようにと再三申し上げましたよね?」

 入浴中の私がいる浴室に侵入してきた不届者に若干の怒りを込めて注意をします。厄介なのはその不届者が私がお仕えするご主人様でして、諫言も甘言も両方扱えてこそ忠臣だと思うのですが……はてさて一体どうしたものやら。


 こんばんは、メアリーです。

 有毒人種チフス人の生き残りでメイドが生業、趣味が入浴である事を最近自覚しました。集落で生活していた時には気にも留めなかったのですが、チフス人が他種族と生活を共にするには多くの困難が待ち受けています。

 うっかり毒を残そうものなら大惨事ですから日中の活動中は常に気を張りっぱなし、特に間接的に肌が触れる場所や水回りなんかは細心の注意が必要で……メイドたる者常在戦場の心構えでとありたいものですが、未だ若輩者の私にはこれが中々。

 なればこそどこかで気を緩める場所が欲しいもの、そう考えていた私の目に留まったのがご主人様にご用意いただいた私専用の浴室です。

 いや、あの、入浴中はつい気が緩んで毒が出てしまうとかそういう事ではありませんよ?その辺はきちんと完璧にコントロールしてみせますとも。

 ただ単純に周囲の方々が私と一緒の入浴を恐れている訳でして……ええ、気持ちはよく分かります。私とて逆の立場であれば同じ様に考えた事でしょう。

 ご用意頂いたこの浴室、驚くべき事に換気や排水も専用の装置を用意しまして設計上は周囲に被害が出ないように建てられているとの事。まあ、私が本気を出せばこの程度の浄化装置は……失礼しました。ともかくご主人様のご好意に甘えるといたしましょう。


 入浴とは素晴らしいものです。

 周囲に気兼ねなくリラックスする事がこんなにも開放的で喜びと幸せに満ちたものだとは思いもしませんでした。

 万が一があるといけないので入浴中は近づかない様にと周囲に言伝もしておいたのでここでは完全に私1人。毒液を生成して戯れたりもします。集落にいた頃はこうして同胞と遊んでいました。懐かしいなぁ。他種族の方からすればゾッとする様な光景ですね。

 そういえば焼き払われた後の集落は今頃どうなっているのでしょう?いつか確認する事ができればなどと考えていると浴室のドアが開く音が聞こえました。

 安全のため二重扉になっているとはいえなんという暴挙でしょう。ここの空気が周囲に漏れて仕舞えば大変な事になってしまいます。大慌てで生成した毒の解毒処理を行っていると侵入者は驚くべきことに浴室に繋がるもう一枚のドアを開けて近づいてきました。


 ……まさかそんな不届者がご主人様本人だなんて思う訳ないじゃないですか。


『防護服を着てるから大丈夫』とか『メアリーは僕のこと傷つけたりしないでしょ?』とか、仰りたい事も信頼の気持ちも解りますけど、私が言いたいのは周囲の安全を考えてくださいという事なんです。私の言いつけも守って頂けませんでしたし。

 メイドにあるまじき事だとは思いますが、これは少々痛い目に合わせて灸を据えてやらねばと思った私はご主人様の着ていた防護服を溶かして毒を投与しました。

 即効性で12時間は激痛に悶え苦しむだけの毒、麻痺したり気絶したりすることもない拷問用の物です。少々心苦しいですが……涙目のご主人様ちょっと可愛いですね?

「まず一つ目、メイドと主人の関係ではありますが約束事はきちんと守って下さい。周囲の人が危険な目に遭います」

「二つ目、チフス人の前でこの程度の防護服は何も着てないのと同じです。決して装備を過信しない事」

「三つ目……あの、ご主人様?私の話聞こえてますか?」

 痛みに悶えているはずのご主人様の表情がどこか恍惚としたものに変わってきました。そういった毒は投与してないはずなのですが……ともあれ身支度を整えてご主人様を運び出さないといけません。


 離れにある専用の浴室から屋敷に戻る途中、私は思いました。

 ご主人様に妙な性癖が目覚めたら嫌だなぁ、と。

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有毒メイドのメアリーさん 白銀スーニャ @sunya_ag2s

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