第6話 さよならを。

「行ってほしいところがある。風のように速いお前の脚でも二十分はかかる。行ってくれるかい」


 人間に語りかけるように、聖霊の馬に優しく語りかけるジンを見て、人々は口々に何か叫んだり、「頭が痛い!」と言ってその場にうずくまったりしている。


「さよなら!」


 ジンは村のみんなに大きな声で言った。そしてネーヴェにまたがろうとしたその時だ。


「待って、ひとりで行かないで、ジン」


 リーナがジンに駆け寄って、橋を渡ってくる。新緑のような緑色のワンピースがとても綺麗だと、ジンの目にまぶしく映る。


「わたしも連れて行ってほしい。どこに行くのかわからないけど」


 リーナははっきりとジンに言う。


 この子が幼い頃から、ずっと見てきた。野菜を育てるのの手伝いが好きな子で、一緒にとうもろこしの苗を植えたりした。

 大人に近づきかけているこの子が、自分に微かな憧れを持っていることにももちろん気づいていた。


 その気持ちを「利用」してるのだろうか。自分は。


 ジンはほんの少しだけ考えた後、こう口にした。


「そうだね。一緒に来て欲しいんだ。僕がもし戦いで負けたら、このネーヴェに乗って、村のみんなに知らせて欲しい。さっきの女は火山の女神だから」


 しん、と村人たちが息を呑んで、ジンの言葉に聞き耳を立てている。


「ラギア火山が噴火するかもしれない。僕が負けたらそうなる。僕も頑張るけれど。万一の時にみんなに知らせる役目を、大事な君に」


 そう言うと、ジンはリーナにそっと手を差し伸べた。


「リーナ。やめろ。そいつは化け物だ。俺は思い出したぞお。何もかも」


 リーナの父さんが叫ぶ。周りのみんなにその気持ちは連鎖した。石を投げてくる人たちもいたので、魔法の見えない盾で防いだ。


 リーナに当たっては大変だからだ。


「さよなら。あなた方が僕をどう思おうと、僕はあなた方が好きだよ」


 ジンは最後に言い残すと、リーナを自分の前に乗せて、ガラスのような馬を走らせる。

 馬は風のように走る。一瞬で森を越えて、火山特有のゴツゴツした岩山を走っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る