第1石 オパール

第2話 女神様に溺愛された

 目を覚ますと、見渡す限りの星空がみえる宇宙にいた。

 さきほどまでミネラルショーで、宝石の単体である裸石らせきと呼ばれるルースを堪能していた。勝利品である大好きなオパールのルースを片手に家へ帰る途中で、目の前の世界が揺らいだ。


「意識と体がつながりました。これでつぐないができます」

 声の方向を向くと女性が立っていた。全身が光輝いてダイヤモンドみたいで、理想ともいえる顔立ちで長い髪もすてきだった。まるで女神様みたい。


「私に何かあったの? 今の状態が飲み込めない」

 いつも聞き慣れている私自身の声なのに違和感をおぼえた。同じ女性の声で間違いないけれど、幼い少女の声だった。


 何もかも分からない状態だったので、心の中で私自身を確認した。私は24歳の女性で名前は倉木彩香くらきあやか。何処にでもいる普通のOLで、給料の大半をルースにつぎ込んでいる宝石の輝きに魅了されていた。宝石以外にも体を動かすのも好きだった。


 私自身を確認してから女性のほうを向くと、やさしい表情をみせてくれた。

「ワタシはこの世界を管理しているイロハです。あなたはワタシの世界で残りの人生を楽しんでください。残念ながら元の体は再生不可能で妹と同じ姿にしました」


 一瞬、意味が飲み込めなかった。たしかに私自身の声ではない違和感があって、そもそも星空がみえる宇宙にいるのもおかしかった。


「ちょっと待ってよ。私が私ではなくなるの?」

 頭の中を回転させて、把握できる内容を不安そうに聞く。

「見た目が異なるだけで、あなた自身で変わりません。ワタシの姿での再現も可能ですが、きっと生活が成り立たないでしょう。ただし新たな人生となるので、あなたの名前は妹と同じアイにしました」


 驚いているうちに目の前に鏡が現れて、鏡の中に少女が写し出された。見慣れない服装をしていて中学生くらいにみえる。若くなって発育もよくて中学時代にあこがれていた容姿と、肩まで伸びた髪は青白くて幻想的だった。


「本当に少女の姿になっていて、私の知らない科学技術よ。ここは日本なの? 海外に連れて来られたかもしれないけれど、つぐないの意味も分からない」

「この世界は地球がある世界とは異なる別世界です。地球がある世界は妹が管理していて、妹の手違いであなたを消滅させてしまいました。元の世界には復活させられなかったので、姉であるワタシが管理している世界に復活させました」


 小説や漫画にある異世界転生みたいだけれど、現実するとは思わなかった。普通に考えれば別人の姿になれるはずもなくて、私をだまして得する人もいないはず。


「イロハさんは、この世界を作った女神様なの?」

 徐々に現実を受け入れながら質問した。

「概念は合っています。ワタシを信仰している人間も多いです。人間は魔物を退治してくれるので、信仰心の厚い人間にはワタシの加護で神聖魔法が使えます。怪我や病気を治せる回復魔法で、ごくわずかですが直接会って話した人間もいます」


 姿だけではなくて本当の女神様だったみたい。本来は対等に話せる立場ではなさそうだけれど、せっかくもらった機会だから有効に活用したい。


「整理しますと、第二の人生をイロハさんが作った世界で過ごすのでしょうか。この考えで合っていますでしょうか」

「ていねいな話し方ではなくて、先ほどまでの話し方が好ましいです。質問の答えですがその通りです。ワタシからの指示はないので、あなたの好きなようにワタシの世界を楽しんでください。世界を破滅させなければ何をしても構いません」


 私は両親を知らなくて児童養護施設で育った。施設の人に恩返しができなくて、友達と別れるのは悲しい。昨日も友達と一緒にカラオケで歌って踊った記憶がよみがえる。もっとルースをみながら、地球の奇跡である魅惑的な宝石を堪能したかった。


 けれどもこの姿を見れば、元の世界へ戻れないと悟るしかなかった。前向きに考えてイロハさんの世界を堪能する。元の世界では彼氏がいなかったから、素敵な出会いがあるかもしれない。イロハさんの世界にも宝石があればうれしい。


 覚悟を決めてイロハさんに視線を向けると、イロハさんの様子が変だった。真顔で私を見つめている。


「呼び方を変えましょう。あなたの姿は妹のアイと同じで、精神以外は全て再現しています。アイは別世界で滅多に会えませんが今はあなたがいます。いえアイがワタシの世界にいるのですから、アイはワタシをイロハお姉様と呼ぶべきです」

 最後は命令口調だった。理由はわからないけれど、逆らうつもりはなかった。


「イロハお姉様。これでよいの?」

 伺うように聞く。

「愛しいワタシのアイ。ワタシの楽しみが増えました」


 私に近寄ってきて抱きついてきた。いくら同じ女性でも、すてきな女性に抱きつかれると赤面する。私の気持ちは気にしないのか、頭を撫でて頬ずりもしてきた。

 心の中までイロハお姉様では恥ずかしいからイロハ様ね。イロハ様は妹が好きみたいだけれど、好きを通り越して溺愛できあいレベルよ。時間が経つと暖かな雰囲気に包まれてきて、精神がいやされて気持ちも落ち着いてきた。


 イロハ様の世界について聞くと環境は地球と逆だった。人間よりも自然が発達していて、自然界の突然変異である魔物も存在する。人間の科学技術は低くて肉体と魔法が発達した。地球はイロハ様の世界を見て人間が発達できる環境に変えたみたい。

 時間の感覚は似ていて、1日が24時間で1年が360日だった。


「イロハお姉様、私は魔法もなくて力も弱いから、暮らしていける自信がないよ」

 訴えるよう目つきでお願いした。イロハ様の世界を聞きながら分かったのは、イロハお姉様というとイロハ様は機嫌がよくなった。本物のアイ様も自分自身の呼び方が私で、言葉使いもふだんの私に近いみたい。


「アイにはワタシの世界を楽しんでもらいたいので、不便をかけさせません。健康な体に通常の人間以上には読み書きと会話ができて、街外れにある森の中へ1軒家を造りました。相談事ができるように、ワタシの使い魔も用意します」


 必要最低限の衣食住は確保できそうだけれど、長期的に考えれば仕事でお金を稼ぎたい。家に着いてからどうするか考えたいけれど、気になるのは使い魔だった。


「イロハお姉様の世界では、使い魔が当たり前か知りたい。あまりにも珍しすぎると注目を浴びそう。それと私の命令は聞くの?」


「魔法を使える人間の一部が、使い魔と契約できます。ワタシの使い魔はアイと主従関係がないですが、あの子はすなおなよい子です。通常の頼み事なら普通に聞いてくれるでしょう」

 一定数の人間に使い魔がいそうだから、使い魔がいると言う理由だけで狙われることはなさそう。補佐してくれる仲間がいると思えばよさそうね。


「私は魔法が使えないけれど使い魔を連れていても平気?」

「アイはワタシの世界にある魔法は使えませんが、ぴったりの本があります。本物の妹より預かった不思議な本で、この宝石魔図鑑ほうせきまずかんを使えば魔法が使えます」

 イロハ様が出現させた本は両手に乗るくらいの大きさで、受け取った本は重さを感じなかった。

 宝石魔図鑑を開くと左の頁に写真と日本語があって、宝石の写真は立体映像にも変化した。すごい技術と驚きながらも頁をめくると色々な宝石があって、顔がゆるみ喜びがこみ上げてきた。

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