第4話

翌日、香織と涼介は若林恵の母親である若林律子の家を訪ねた。律子が経営する河豚料亭は、門司港でも名の知れた老舗だった。料亭の外観は伝統的な和風建築で、木製の格子戸が重厚な雰囲気を醸し出していた。玄関には美しい石畳の道が続き、その両脇には手入れの行き届いた日本庭園が広がっていた。小さな池には鯉が泳ぎ、季節ごとに異なる花が咲き誇っていた。


料亭の中に一歩足を踏み入れると、畳の香りが心地よく漂い、静寂とともに凛とした空気が流れていた。広間には低いテーブルと座布団が配置されており、壁には浮世絵や季節の掛け軸が飾られていた。個室もいくつかあり、それぞれがプライベートな空間を提供していた。


厨房では、経験豊富な料理人たちが忙しなく働き、律子がその全てを統括していた。彼女の指示のもと、新鮮なフグが丁寧にさばかれ、見事な料理が次々と生み出されていた。律子の料亭はその品質の高さと細やかなサービスで評判を呼び、多くの客が訪れていた。


律子は60代後半の女性で、黒髪は白髪が混じりながらも美しく整えられていた。彼女の瞳は鋭く、長年の経験と苦労が刻まれた深いシワがその表情に刻まれていた。小柄でありながら、どこか威厳を感じさせる佇まいがあった。彼女はシンプルな和服を着こなし、その動きには無駄がなく、品格が漂っていた。


律子は静かに二人を迎え入れ、料亭の奥にある居間に案内した。部屋の中は和風の落ち着いた雰囲気で、床の間には季節の花が生けられていた。香織は一瞬、その美しさに目を奪われたが、すぐに本題に入った。


「高橋さんの件でお話を伺いたいのですが。」

香織が切り出すと、律子は静かに頷いた。


「何でも聞いてください。もう隠し事はしたくありません。」

律子は静かに言った。


香織は慎重に質問を始めた。

「高橋さんとあなたの関係についてお聞かせいただけますか?」


律子は深いため息をつき、静かに語り始めた。

「私は長年、剛さんと関係を持っていました。でも、彼は私たちを捨て、新しい家庭を築きました。娘がどれだけ苦しんだか、私にはわかりませんでした。でも、ある日、恵が彼を脅迫する計画を話してきた時、私は止めることができませんでした。」


香織は頷きながら、

「では、フグ毒の件についてもお聞かせください。これはあなたの料亭から持ち出されたものでしょうか?」


律子は目を伏せた。

「はい、確かに毒は私たちの料亭から持ち出されました。でも、それを使って剛さんを殺すつもりはありませんでした。娘がどこまで本気なのか、私には分かりませんでしたが、彼女がその毒を手にしたことには気づいていました。」


「しかし、私は彼を殺してはいません。」

律子は涙を浮かべながら訴えた。


香織は律子の話を静かに聞き終えると、

「ありがとうございます。この情報はとても重要です。」と言った。


涼介が続けて、

「これで少しは真相に近づけた気がします。」

と言い、二人は律子に礼を言って家を後にした。

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