第3話

香織と涼介は、夕方の静かな門司港を歩いていた。彼らの目的地は、若林恵の自宅だった。高橋剛の死についての真相を探るため、彼女に直接話を聞くことが重要だった。


門司港の石畳の道を進む二人。

涼介は少しぼやきながら、

「また、こんなことになるとはな。せめてコーヒーでも奢ってもらわないとな」

と呟いた。香織は彼の言葉には答えず、ただ前を見据えて歩を進めていたが、心の中では苦笑していた。


若林恵の家に到着すると、香織は静かにドアをノックした。数秒後、若林がドアを開けた。彼女の顔には驚きとともに一抹の不安が浮かんでいた。


若林恵の自宅は、古いながらも手入れの行き届いた一軒家だった。外観は白い壁に赤い屋根が特徴で、庭には四季折々の花が咲いていた。石畳の小道が玄関へと続き、玄関の横には小さな池があり、そこには金魚が泳いでいた。


「どうぞ、中へ。」若林は静かに言い、二人をリビングに案内した。リビングはシンプルで整然としており、どこか落ち着いた雰囲気が漂っていた。壁には家族写真が飾られており、棚には古い陶器や書物が並んでいた。窓からは庭の美しい景色が見え、柔らかな光が部屋全体を包んでいた。


若林恵自身は、30代半ばの女性で、落ち着いた雰囲気を持っていた。彼女の黒髪は肩まで伸び、自然なウェーブがかかっていた。澄んだ茶色の瞳はどこか憂いを帯びており、その表情からは内に秘めた強さと悲しみが感じられた。彼女はシンプルな白いブラウスと黒のスカートを身にまとい、控えめながらも品のある印象を与えていた。


香織は一瞬、部屋全体を見渡し、若林恵の生活が垣間見えるような気がした。

「高橋さんの死について、少しお話を伺いたいのです。」

香織が切り出すと、若林は少し戸惑った表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻した。

「何でも聞いてください。」

と彼女は答えた。


香織は鞄から一つの万年筆を取り出し、若林の前に置いた。その万年筆は丁寧に装飾されており、一見すると普通の高級文房具のようだったが、香織はその中に隠された恐ろしい真実を知っていた。


「この万年筆を見覚えがありますか?」

香織が尋ねると、若林の顔色が一瞬変わった。


「これは…高橋さんの物では?」

若林は不自然な笑顔を浮かべた。


「そうです。でも、この万年筆にはフグ毒が仕込まれていました。そして、この毒が高橋さんの死因です。」

香織は淡々と説明を続けた。その言葉に若林は目を大きく見開き、

「そんな…信じられない。」

と呟いた。


涼介が顔をしかめながら、

「確かに見た目は普通の万年筆だが、これじゃあ書く度に命がけだな」

と冗談めかして言ったが、香織はそれに目もくれずに続けた。


「ここにフグ毒が隠されていました。しかも、この毒を手に入れるのは簡単ではありません。」

香織は万年筆の裂け目を指差しながら言った。


「あなたの手紙には『あなたの娘より』と書かれていました。つまり、高橋剛はあなたの父親だったということですか?」

涼介が尋ねた。


若林は沈黙し、目を伏せた。やがて、彼女は静かに話し始めた。

「はい、高橋剛は私の実の父親です。でも、彼を殺したのは私じゃありません。」

若林は涙を浮かべながら否定した。


香織は眉をひそめ、

「どういうことですか?この日記にはあなたがフグ毒を手に入れ、高橋さんを脅迫していたことが記されています。」

と続けた。


「確かに、私は父を脅迫しました。でも、殺すつもりはありませんでした。私はただ、彼に遺産を渡してほしかっただけです。」

若林は必死に訴えた。


香織は一瞬考え込み、次の一手を思案した。

「それでは、あなたの母親にお話を聞く必要がありますね。彼女はこの件について何か知っているかもしれません。」

と告げると、若林は驚いた表情を浮かべ、

「母は関係ないです。彼女は何も知らない。」

と必死に訴えた。


「ですが、私たちには彼女から直接話を聞く必要があります。」

香織は静かに言った。若林は一瞬戸惑ったが、やがて諦めたように深く息をついた。

「わかりました。母に連絡を取ります。」


香織と涼介は若林の自宅を後にし、夕暮れの門司港を再び歩き出した。二人は次の一手を考えながら、静かに進んでいった。


「若林の母親から話を聞けば、さらに真実に近づけるかもしれない。」

香織は決意を新たにした。


「そうだな。これで全てのピースが揃うかもしれない。」

涼介も同意しながら、次のステップを考え始めた。門司港の夕暮れは、事件の解決への道筋を照らしているかのようだった。

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