第2話

門司港の朝は、昨日の騒ぎが嘘のように静かだった。高橋剛の死がもたらした衝撃は、街中に冷たい波紋を広げていた。そんな中、三田村香織と藤田涼介は高橋商会のビルに向かっていた。門司港の海風が二人の背中を押すように吹き、古い石畳を音もなく踏みしめていく。


「また、こんな早朝から事件かよ。」

涼介は少しぼやきながらも、いつものように淡々と歩いていた。一方、香織は静かに目の前のビルを見つめ、何かを感じ取るようにその視線を鋭くしていた。


高橋商会のオフィスに到着すると、涼介はまず部屋全体を見渡した。机の上にはいくつかの書類が散乱しており、高橋の体が倒れていた場所には今でも薄くその形が残っている。

「まずは現場をしっかりと確認することが大事だな。」

彼は心の中でそう呟いた。


香織は部屋全体を見渡し、何かが違うことに気づいた。机の上の書類は整理されているようでいて、微妙に散らかっている。

「高橋さんは几帳面な性格のはず…この乱雑さは不自然ね。」

香織は心の中で呟いた。

涼介が「香織、何か気づいたか?」と尋ねると、彼女は「高橋さんがこんなに無防備に机を散らかすわけがない。この乱れには何か意味があるはずよ。」と答えた。


香織は机の上の万年筆に目を留めた。丁寧に装飾されたその万年筆は、一見して普通の文房具には見えなかった。

「これが高橋さんの命を奪ったものかもしれない。」

香織はその可能性を慎重に考えながら、手袋をはめて万年筆を取り上げた。


「この万年筆、何か違和感を感じるわ。」

香織は涼介にそう言うと、万年筆を細かく観察し始めた。微細な裂け目からは、かすかに異様な香りが漂っていた。フグ毒の特有の臭いだ。


香織は万年筆を調べながら、ふと以前に読んだ本を思い出していた。それは日本の毒物に関する専門書で、フグ毒について詳しく記載されていた。香織はその本を読んだことがきっかけで、毒物に対する基本的な知識を持っていた。

「まさか、こんな形で役に立つなんて…」

香織は心の中で呟き、万年筆に潜む危険に対して冷静に対処する決意を新たにした。


「見て、この裂け目。普通の万年筆じゃない。」

香織は涼介に向かって万年筆を見せた。涼介もそれを確認し、険しい表情を浮かべた。


「確かに、これはただの筆記具じゃないな。ここに何か仕込まれている。」

涼介はさらに細かく調べるために、万年筆を分解し始めた。その中には、巧妙に隠された小さなカプセルがあり、そこにフグ毒が仕込まれていたのだ。


「これが高橋さんを殺したものだな。」

涼介は深く息をついた。二人はそれぞれの視点から状況を分析し、証拠を慎重に集めていった。


「でも、どうやってこれを仕込んだのかしら?」

香織は疑問を抱きながら、再び机の周りを調査し始めた。そこにはもう一つの重要な手がかりが隠されていた。それは高橋のデスクの引き出しに残された、若林恵からのメッセージだった。


「これだわ。」

香織は引き出しから手紙を取り出し、涼介に見せた。手紙には高橋に宛てた言葉とともに、


「あなたの娘より」


という若林恵のサインが残されていた。これが遺産相続にまつわる陰謀の鍵となる証拠だった。


香織と涼介は、全てのピースを繋ぎ合わせながら、犯人を追い詰めるための次の一手を考え始めた。静かな門司港の朝に、新たな真実が浮かび上がろうとしていた。

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