港町事件簿 探偵事務所編 遺産

@minatomachi

第1話

門司港の夜は静寂に包まれていた。港の風が穏やかに吹き、古い建物の間を通り抜けていく。高橋商会のビルもその一つで、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。しかし、その静寂を破るように、一つの事件が起きようとしていた。


高橋剛はオフィスのデスクに座り、目の前に並ぶ書類に目を通していた。彼は精力的なビジネスマンであり、その日も多忙な一日を過ごしていた。だが、その疲れた表情には何かしらの緊張が浮かんでいた。


若林恵がオフィスのドアをノックし、静かに入ってきた。彼女は高橋の秘書であり、長年にわたって彼のビジネスを支えてきた。しかし、今日はいつもと違う雰囲気を漂わせていた。手には高級そうな箱を持ち、その中には特別に用意された万年筆が収められていた。


「これをどうぞ、社長。」

若林は微笑みながら箱を差し出した。高橋はその箱を開け、中の万年筆を取り出した。美しいデザインに一瞬目を奪われたが、すぐに仕事に戻った。


「ありがとう、若林君。これは素晴らしい。」

高橋は万年筆を手に取り、書類にサインを始めた。その瞬間、彼は軽いチクっとした痛みを感じたが、気に留めることなくサインを続けた。しかし、数分も経たないうちに、彼の顔色が急に悪くなり、呼吸が乱れ始めた。


若林はその様子を冷静に見守っていた。彼女の手にはもう一つの小さなボトルがあり、その中身はフグの毒であった。高橋が使用した万年筆には微量の毒が仕込まれており、皮膚から吸収されて体内に広がっていた。


「若林君…これ…何だ…?」

高橋はかろうじて声を絞り出したが、すでに手遅れだった。彼の体は崩れ落ち、机に突っ伏したまま動かなくなった。若林は静かにその場を離れ、オフィスを後にした。


翌朝、高橋剛の死は門司港中に衝撃を与えた。彼の突然の死に多くの人が疑念を抱いたが、その中で最も深い疑念を抱いたのは彼の顧問弁護士であり、長年の友人でもある川村信也だった。川村は高橋の死因に不自然な点があると感じ、遺産相続の手続きを進める中で真実を明らかにする必要があると考えた。


川村は信用できる探偵事務所として評判の高い三田村・藤田探偵事務所に調査を依頼することを決意した。事務所を訪れた川村は、三田村香織と藤田涼介に対して、高橋剛の死因に関する調査を依頼した。


「高橋剛が急死したのはどうも腑に落ちないんです。彼は健康そのものだった。遺産相続の手続きを進める中で、何かおかしいと感じました。ぜひ、真相を調べていただきたい。」

川村は真剣な表情で依頼を述べた。


香織と涼介は互いに顔を見合わせ、静かに頷いた。こうして、彼らの調査が始まることとなった。門司港の静かな夜が、再び騒がしくなるのは時間の問題だった。

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