第2話 女神像の封印

その日の夜。

エリシアは寝室で横になっていた。

しかしなかなか寝付けない


(うぅぅん…寝れない。体が疲れてないからよね。ちょっとお散歩でもしようかしら?)


エリシアはベットから起き上がり、寝室のドアまでいき、ゆっくりと音を立てずに開ける。

顔だけ廊下に出して周りを見回す…誰もいない。


(今ならいけるね。夜の王宮探検だ♪)


警備兵の巡回ルートを大体把握しており感知魔法も得意なエリシアにとって抜け駆けなど造作もない。

こっそり寝室から出て真っ暗な廊下を音も立てずに走っていく。

あんなにリヒターから口酸っぱく言われていたにもかかわらず。


(こんなザル警備で大丈夫なの?私が泥棒さんだったら大変だよ?気が緩んでるのかしら…)


リヒターは今日の午後、何人かの従者を連れて隣国に旅立った。

王宮の実質的なトップがいないため警備が薄くなっているのかもしれない。


エリシアは長い廊下を抜け謁見の間に入った。

昼間は華やかに見える装飾も暗い今の時間帯はその輝きを失っている。

王座の横にある女神像もその細かく丁寧な彫りが逆にとても不気味に見える。


エリシアはスタスタと王座まで歩いていき、腰を下ろした。


(もう少しで私も女王になるんだ。今よりも自由が奪われそう。やだな…)


継承の儀が終ったら今しているような探索も、お忍びでのお出かけもできなくなってしまうかもしれない。

好奇心旺盛なエリシアにとってかなりの苦痛だった。

城下町で一緒に遊んだ子供達や、色々な珍しい商品を見せてくれた商人達、丁寧な仕事で自慢の工芸品の良さを語る職人達の笑顔が目に浮かぶ。


「女王なんてなりたくないのに…」


思わず心の声が漏れてしまう。


その時、エリシアの言葉に反応したかのように王座の横にそびえ立つ女神像が何やら黒いオーラを放ち始めた。


『…すけ……すけて………』


「!?」


エリシアの耳、いや脳内に女性の声が流れ込んできた。

とても苦しそうで、絞り出しているようなか細い声が。

エリシアはバッ!っと王座から降り、上体を低くして周りを見回す。

しかしそこには誰もいない。


(なに今の声!?どこからしたの?)


感知魔法を発動している今のエリシアなら誰か近づいてくればわかるはずだ。

それにも反応していない。

首をかしげながら謁見の間を調べる。


『たすけ…たすけて…』


またあの女性のか細い声が脳に流れてくる。


(まただ!いったいどこなの?)


声が大きくなる方へとゆっくり歩いていく…発生源を発見した。


(この中から!?)


なんとあの女神像の中から声がしている。

エリシアは恐る恐る女神像に手を触れる。


『はぁ…はぁ…助けて…助けて…あぐっ!お願い…この中から…あぁん!出して…!』


今度ははっきり声を聞き取ることができた。

エリシアは驚いて目を大きく開きながら女神像に問いかける。


「なぜこの中に閉じ込められているのですか?貴女は何者なのですか?」


『私は貴女の母、アイリーンの双子の妹…はぁ…はぁ…アイギス…』


(私の…叔母様!?)


衝撃の事実に固まってしまう。

先代の女王である母に妹がいたなど聞いたことがない。

しかもその人物がこの女神像に閉じ込められていると言うのも信じられないことだ。


(そんなことってあるの!?王族がこんな窮屈な石像の中に?でも…)


エリシアは昔話で聞いたことがあった。

ある双子の王女の話だ。

姉は無事王位を継承し、妹は王位を継げなかったことから嫉妬に狂い禁忌の術を使って国民の命を奪い、王国を滅ぼそうとする。

そんな闇に染まった妹を止めるため、姉は妹を永遠に封印する。

とても後味の悪い話なので覚えていた。


もしかしたらその昔話が時代を経て歪み、双子が生まれたら片方が封印されてしまう…そんな風習があったのではないかと妄想してしまった。

それに、


『はぁ…はぁ…うぐ!…くるしい…助けて…うぅぅ!』


女神像に閉じ込められている女性の悲痛な声が嫌でも頭に入ってきてしまう。

苦しく、何かに責められているような、今にも息絶えてしまいそうな声が。


(命一つ救えず、なにが次期女王なの?)


必死に助けを求めてくる目の前の女性を放っておくことなどエリシアにはできなかった。

エリシアは決心する。


「貴女を助けたいです。どうすればいいのですか?どこか開くのでしょうか…」


女神像を調べても継ぎ目一つ見当たらない。

また女性の声が響いてくる。


『貴女の手につけているバングル…それに魔力を入れて…かざして…あぐぅ!』


「バングル?これにですか?」


エリシアは右の手首を見た。

そこには母の形見である翡翠のバングルが暗闇の中でうっすらと光っていた。


(光ってる!?全然気づかなかった。よし!)


謎の女性の言葉通りエリシアはバングルに魔力を注入し、女神像にかざす。

すると女神像の前面に縦にまっすぐ割れ目が入り、観音開きのように割れた。


パカぁ………ドスン!


「むぐぅぅ!ふぅ…ふぅ…うぅぅ…」

「!!!!」


女神像から出てきた黒い何かが床に音を立てて倒れ落ちた。

エリシアは言葉を失った。

そのおぞましく残酷な物体を目の当たりにして。


(これはひどい…ひどすぎる…)


それは全身を、顔まで真っ黒な革の拘束衣で覆われた女性だった。

所々に厳重にベルトが巻かれ、体を動かせないように拘束されている。

入れられていた女神像と同じように祈るような姿勢で両手を胸の前で組まされている。


しかしそれだけではない。

黒い革の上から金属の装飾部品が付けられているのだが、その場所がひどすぎる。

口、両乳首、肛門、恥部…あからさまにこの女性を責め立てるために付けられているのだ。

この拘束具が外れない様にところどころ謎の術式が刻まれている。

そしていまも芋虫のようにうねうねと蠢くことしかできないのだ。


「んっ…ぐ!…うぅぅ…」

「待っててください!今外してあげますからね!」


エリシアはその場に腰を下ろし、丸太のように転がっている黒革の物体に刻まれた術式を解読しようとする。

しかし、かなり古い術式のため何が何だかわからない。


「どうしよ、わかんない…これじゃ…」


『んぁっ!…もう一度…バングルをかざして…ぐっ!』


「え!?はい、わかりました!」


エリシアは脳に流れる女性の声に従い、目の前の黒い物体にバングルをかざす。

すると、革の上についていたあの金属の装飾が床にずるりと落ちる。


「がはっ!はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…あぁ…」

「うっ…!」


エリシアは思わず眉間に大きくしわを寄せた。

乳首についていたものはただの丸い金貨のような部品だった。

しかし口、恥部、肛門についていたもの…それは明らかに男性のそれを模した卑猥な形をしている。

その淫具が床に落ちたとき、中に入れられている女性の体液が一緒になってドロ…っと垂れたのだ。


(いつから入れられていたの?誰がこんな酷いことを…)


エリシアはその熟成された雌の匂いに顔を引きつらせながら、女性を縛り上げているベルトのような拘束具を解く。

そして全身を覆っている革製拘束衣の背中のチャックを頭頂部から腰まで一気に開けた。

むせ返るような汗と革の匂いとともに、女性の体液まみれの背中が露出する。

その強烈な匂いにひるむことなくエリシアは女性を革の拘束具の中から引っ張り出す。


ずるり!


「ぷはっ!はぁ…はぁ…はぁ…あっ…あぅ…」


中から体液まみれのぬるぬるになった女性が出てきた。

口からだらしなく涎を垂らし、恥部からも淫らな液体があふれ出させている。

ひどい匂いだ

エリシアはこの女性が受けていたであろう拷問のような拘束に心を痛める。


「もう大丈夫ですよ!えっと…アイギス叔母様?………!?」


エリシアは女性の顔を見て驚愕する。

幼いころに亡くなった母に顔がそっくりなのだ。

確かに双子ということはわかる。

だがそれ以前に顔が若すぎる。

母と同じ年齢ならば40歳をとうに超えているはずだ。

しかしどう見ても20代前半…いや、自分とさほど変わらない年齢にしか見えない。


口の塞がらないエリシアに叔母?であるアイギスはやつれた顔で優しく微笑みかける。


「初めましてエリシアちゃん。いきなりで悪いんだけど魔力を分けてもらえるかしら?」

「はい!初めまして!こうですか?」


エリシアは言う通りにし、汗まみれのアイギスの肌に手を触れて魔力を注入していく。

するとみるみるうちにアイギスの疲れ切った顔が元気を取り戻していく。


(やった!顔色が良くなってる!これで助けられる!)


エリシアは嬉しくなってしまい笑みを浮かべながらかなりの魔力をつぎ込んでしまう。

しかし気づいていなかった。

笑顔で魔力を注ぎ込むエリシアの横で、アイギスの顔が徐々に醜く歪んでいく様を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る