Inside The Iron Snake's Belly

 桃香の部屋でお茶をした後、私と美貴は午後五時前になった頃に齊木寫眞館を後にする。

 写真館を出る時に桃香と桃香のお母さんが扉の外まで見送ってくれた。


「ケーキご馳走様でした、本当に美味しいケーキでした」


「ケーキごちそーさまでした、美味しかったです!」


 帰り際に桃香のお母さんに感謝の意を述べる。


「それは良かったわー、また来てねー」


 笑顔も隈が凄いこと以外は綺麗なお母さんである、少し怖い。


「桃香、今日は招いてくれてありがとう。楽しかったよ」


「モモちゃん、呼んでくれてありがとー。今度は何か持ってくよー」


「来てくれてありがとう。忍は今日は寄り道せずに帰ってね、美貴の方は気持ちだけで良いよ」


「?さようならー」


「バイバーイ」


「じゃあまた明日学校でね」


 私と美貴は手を振って斉木親子と別れ駅を目指した。

 そして私は下り線、美貴は上り線の電車に乗って別れた。

 霊峰手前のトンネルあたり終点の下り線に乗る。

 すると着物の女性が近付いて話しかけてきた。


「ご機嫌よう、忍さん」


「っ!?」


 また化かされたのかと思った。

 実際化け物を見たようなものだとは思うが、視ても結果は更にヤバい化け物みたいなモノが視えるだけである。


「覚えてらして?」


「お、お久しぶりです…依香様」


 昔見たままのたおやかな姿をした依香様本人である。

 それでも雰囲気は変わっていて、どこか妖艶さが滲み出ている。

 あまりにも別人だけど視ると中身は朝から一緒に居たトイコさんと同じである。


「奇遇ですわね、同じ電車なんて」


「えー……と」


「立ち話も如何なモノかと」


「ハイ、そうですね……」


 そんなこんなでロングシートの座席に二人で座った。正直気まずい。


「今日は如何でしたの?」


「トイコさん達に誘われて山の心霊スポットに行きました」


「あらまぁ、危険ではありませんこと?」


「どうやら本物だったそうで、危ない目に遭いかけました」


「まぁ、大丈夫でしたの!?」


「トイコさんがどうにかして下さったようです」


「その後、街で友達とお茶をしてました」


 依香様と白々しい話が続いていく、本当に気まずい。

 次の駅で同じ車両にいた他の一人降りたとき依香様は指をパチンと鳴らした。

 すると一瞬霧が立ち込めたと思ったら何ごとも無かったかの様に文字通り霧散した。


「茶番に付き合わせてごめん、こちとら人の目を気にしないといけないモノでね」 


 そう言って依香様は足を組もうとして辞める。トイコさんの癖なのだろう、着物だから辞めたようだが。


「え、あ、いえ……」


 言葉に詰まってたら顔を近づけてきてギョッとした。


「ここからは手短に単刀直入に話すよ。今日の山のお寺の池で忍ちゃんは何を見た?今のここなら他には誰にも聞かれないし、ここで聞いたことは忍ちゃんが他に知られたくないなら別に黙ってるよ、白を切るのは得意だから」


 依香様はそう言って私に訊ねてきた。

 依香様の場合、切り替えれば実際知らなかった扱いに出来るのかもしれない。


「そ、そうですか……えーと――」


 私は《見慣れたモノをたくさん視た事》を話し、他に視えたモノそれ以外にも気になった事があった事を話した。


「なるほど、そっかぁ、そして視ても心身は割と平気だったと……まぁ、安心したわ」


「紫里さんが視えなくする方法ともっと視えるようにする方法のおまじないを教えて下さったので眼に関してはこれからは大丈夫かなと思います」


「そっかあ、だったら今度は何がどこまで視えるのか確かめる必要があるかもね。あのもなぁ……デキる娘過ぎて血の気というか好戦的なのが……」


 額を手で押さえて左右に頭を振りながら依香様は言った。


「そう言えば、紫里さんが池から何かが出そうなとき手から水を出して池に手を入れたんですけど、アレ何だったんですか……?」


「あぁ、あの娘は身体能力も高ければ、運も良いし、徳も高い童女なのよね。だから仙術や霊術みたいな霊力を馬鹿みたいに使う技が使えるのよ。だから擬似的に霊水を作り出して池に突っ込んで動きを止めようとしたみたいね、少なからず死を纏っている鯉もろとも」


 あの鯉も眠ってた池の主の眷属のようなものだろうしね、と依香様は言った。


「因みにあの霧はアタシと言うか依香が出したものだけど、行先も目印も曖昧にしてしまうから、アタシと手を繋いだりして移動しないと外に出られないようになってたのよ」


「ひぇっ……」


 迷子になったら依香様が来るまでお寺から出られなくなってたようだ。


「結局依香が慌てて霧で全てを有耶無耶にして全員強制離脱させた訳だけどさ、皆の保護者としての責任がアタシにはあるからね、騒ぎを大きくしようとした紫里を無理矢理引き摺ってでも寺から出た訳よ、ヌシは寺の敷地から出られなかったようだしね」


 確かに帰るとき振り返ったら此方を崩れた門の向こうから窺っていたのを思い出した。


「ヌシ……池の主の正体は土地神だったんですか?」


「土地神って言うには悍ましいけど、本人が悪いわけではないし難しいわね」


「……若葉として見慣れたモノ以外にも大きな子が居たりしました。もしかして、大きくなってからの間引きをあのお寺でやっていたんですかね……?」


 桃香や美貴には言えなかった事を依香様に訊いた。 


「……少なくともそんな無縁仏を見守るのがあの池のお地蔵様の役割だったようだね」


 かつて昔は七つまでは神の子と言われたりしていたらしい。

 小さな子供が死んだ時、人として家族としてお墓には入れられなかったのだ。

 小さな子供は無縁地蔵に葬られ、生まれ変わる事を望まれた。

 顔色一つ変えずに依香様は言った、暈しているようで隠してない言い方だった。

 

「やはり、そうでしたか……」


 溜息が出た、言うに言えない事が言えて胸のつかえが取れた反面、知らなくても良いことを知ってしまった気がしてならない。


「でも、どうしてそんな事を――」


「アタシも擁護する気は無いんだけどさ、あの集落の人口てあの書類にも書いてあったんだけど元々ずっと横這よこばいだったんだよね。戦前も戦争で男手が持ってかれてガクッと減って、戦争が終わって暫くしてもあまり回復せずほぼ横這いだったんだ……何でだと思う?」


 依香様が私に問いかけてきた。


「もしかして人口が増えるのを抑制をしてた……?」


 それで大きくなってからの間引きも行われていたのかと私は考えた。


「そう、普通は人手が増えれば畑広げたり出来ること増えて良いはずだし、あの頃はベビーブームとかやってた時代で街どころか田舎は兄弟がたくさんいておかしくない時代だったんだ、その中であの集落は人口が増えるのを抑制してたんだよね」


「…………」


「ところで、これ以上の事を聞きたい?それともやめておく?忍ちゃんはまだ未成年だから尚更知らなくても良いことだと思うよ」


「あっ……」


――んー逆にそんな大変な道だったとしてもと思わせる何かがあったのかな……あの集落――


 美貴が言っていた言葉を思い出してしまう。

 そして私は下を向いてしまう。


「依香様……私は今回はやめておきます、少なくともあの集落が詰んでた状態なのは察していました」


「そう……じゃあ、もうお別れだ、次は若葉の最寄り駅だよ」


「で、では最後にもう一つだけ、お願いします」


「良いけど何?」


 腕組んだ状態で依香様は返事をしてくれた。

 私はありがとうございます、と言ってから訊ねた。


んですか?」


 すると依香様は目を見開いたあと少し笑い低い声で話し始めた。


「……アタシの妹だよ、あの子は。私の生前の名前は宮島真貴だったんだ」


「……やはりそうでしたか」


「やっぱり忍ちゃんはアタシよりも何倍も賢い……これからも美貴の事を宜しく」


 そう言うと電車が停まりのドアが開く。


「あ、では、さようなら依香様。心配して下さって最後までお話ありがとうございました」


 私は立ち上がった後、頭を下げてから電車を出た。

 依香様はお上品な微笑みで別れの言葉を下さった。


「今日は私のお話にお付き合い下さってありがとうね、ではご機嫌よう」


 その言葉を聞いた直後ドアが閉まり電車は出発した。

 駅のホームに残された私は今あった出来事と得た情報を脳で処理しきれず白昼夢を見た気分になった。

 もういつもの道を帰るだけなのに私は迷子になった気分になったのだった。




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