河童の棲む池
目的地の池に辿り着く、悪路なので移動もそれなりに時間がかかった。
河童の棲む池と言われたそこは極楽浄土のような池だった。
いわゆるお寺の放生池というものでどこからか湧き水があるのか大きな池には綺麗な水を湛えている。
そこには蓮の葉が浮いて綺麗に花を咲かせていて、昔の人が死んだ後に望むその場所のように思えた。
水面の下を複数の柄のある鯉が泳いで居てそれを石のお地蔵さんが見守ってるかのような構図をしていた。
「これが河童の棲む池……」
「おーキレースゴーイ」
「確かに周りが凄い茂ってるけどここは砂利もあってぼうぼうになってないから景観が綺麗ね……」
「本当に、極楽浄土のような池だね……」
紫里さんは呟き、美貴はスゴーイと叫び、桃香は池の景観、構図を分析しつつ持ってきたカメラや電波の届かなくて静かな携帯で写真を撮っている。
この池確かに幽山幽谷の涯の極楽浄土かのように思われた。
だが同時に、私は来る途中から視えてたモノで察していたが、想像以上に夥しい若葉の魂と崩れた7つ未満であろう子供の霊がちらほら漂っている賽の河原の光景でもあった。
「……シノー大丈夫ー?」
私の顔を見て美貴が話しかけてきた。
どれだけ酷い表情をしてたのだろうか、私は池の水面を見てみる、確かに怖い顔だった。
「あぁ、えーと、大丈夫」
少し疲れちゃったかなと私は誤魔化した。
視えてないけど美貴は馬鹿ではなく面倒見が良いのがわかるが今は少し恨めしい。
「ホントに大丈夫ー?そこで少し座って休んだらー?」
美貴は近くの岩を指して私に言った。
「あぁ、うん、そうする」
私はそう言って岩の上に座った。
「先輩大丈夫ー?」
紫里さんが静かに私に近付いてきた。
「視るのが辛いならさっきのおまじないをしてみて」
「紫里さん、心配ごめんなさい。別に私はそこまで大きなショックを受けた訳ではないんです。でも、あまりにも気になる事が多くて、そういう意味でも頭が追い付いてなかったのかもしれないです」
私はこの池で視えたモノと下宿先の本家で見慣れてしまったモノの違いや謎などが気になってしまう、解明しても人間の嫌な部分が見えてしまいそうな気しかしないが。
「そっかー」
そう言って紫里さんは美貴達の所に戻っていった。
暫くして色々写真を撮っていた桃香が怪訝な顔をして声を上げた。
「あれ……?」
桃香はカメラやスマホで色々撮った後、携帯で画像を確認したらしい。
「この鯉の柄……人に見えない?」
そう言って携帯の画面を見せてきた。
私も桃香の元へ近寄る。
「んー」
「き、気の所為じゃーん?」
「き、気の所為だよね……?」
「…………」
まず最初に紫里さんが声を出し、美貴が気の所為じゃない?と否定していたが震え声だった。
桃香は気の所為であってほしいと私の方を向いたけど私には沈黙を貫き目を背けることしか出来なかった。
私にはちいさな子供の顔に視えていたのだ。
それも――
「んー確かに子供の顔ぽいかもー?」
「ひぇっ」
「ヤバっ、ホントだ」
紫里さんがそう言って桃香と美貴が声を上げた。
「そんなコトがあるんだースゴーイ」
本物って凄いんだー、と美貴は興奮してた。
私は子供の顔が若干崩れていることと大きい子供の顔があるのにも気付いてしまっていたので沈黙をしていた。
すると風もなく鯉の泳ぎとは関係ない状態で水面がひとりでに波打ち始めた。
「え、何!?」
「今度は何々ー?」
桃香は焦り怯え出し、美貴は相変わらず超常現象に興奮してた。
「やっぱり何か居たんだ……」
どうしよう、と私は無意識にお地蔵様の所に移動した。
「あー、刺激しすぎちゃったかー」
そう言ってなぜか紫里さんが手から水を出しているのが見えた、溢れた水で地面が濡れている。
そして池の中に紫里さんは手を突っ込んだ。
「……え!?」
「紫里さん、鯉に指千切られちゃいますよ!!」
「と、とりあえず離れましょう、危ないですよ」
桃香がぎょっと声を上げて、美貴は池に手を突っ込んだ紫里さんを池から引き離そうとした。
私も紫里さんの所に向かった。
「霧隠し」
トイコさんもとい依香さんの冷たいような静謐な声が響き渡る。
「えっ、トイコさん!?」
「見えなーい」
「姐さん!?」
「桃香?」
それと同時にあたりに濃い霧が漂い始めた。
桃香が最初に素っ頓狂な声を上げ、不満そうな声を紫里さんが上げた。
そして美貴は後ろに振り向いて声を出したようだ。
私は側に居る二人しか見えず桃香を見失った。
「池から離れますわよ」
霧で見えない中トイコさんに手を掴まれ依香様の声で池から離され本堂前まで走った、桃香も担がれて本堂前に運ばれていた。
トイコさんはまた池の方まで走っていった。
少ししたら美貴は自力で池から本堂前まで歩いてきた。
「何があったのかわかんないけど楽しかったー」
楽しそうな美貴が羨ましい。
トイコさんが紫里さんを首根っこ掴んで引き摺ってきた。
「はーなーしーてー」
「離してではありませんよ、何怪獣決戦やろうとしているのですか、お姉様は心配しているのでしてよ」
「ぶー」
トイコさんが紫里さんに静かに怒っていた。その語気は嘗ての依香様そのものだった。
「全くもう……とりあえずお寺から出るよ!!」
「私から離れないようにして動いて。そうしないと見失ってここから出られなくなるから」
そう言ってトイコさんは雑に私の腕と桃香の腕を片手で掴まれもう片方の手で紫里さんと美貴の腕を掴み山門まで早足で移動して外まで出た。
一番後ろにいた紫里さんが門から出た途端――
ガシャァァァン――――!
いきなり門が瓦を落としながら崩れてしまった。そしてぼふんと土煙が立つ。
「ひぇっ!?」
「おおぅ、やっぱり危険だった……」
桃香が青褪めた顔で悲鳴を上げ座り込んでしまった、腰が抜けたようだ。
そして美貴も流石に肝を冷やしたようで若干大人しくなった。
「大丈夫?桃先輩」
文字通り危機一髪した紫里さんは顔色一つ変えず、心配して桃香の側で座り込んだ。
「あ、はい、大丈夫です……いや、本当にびっくりしました」
桃香が紫里さんと話してる間にトイコさんが私の目の前まで来て見下ろして話しかけてきた。
「いやーホントさー、建物の探索を終えて池に来てみりゃなんか色々ヤバい事になってるし、マジで何アレ……ねぇ忍さん、詳しく話してく下さる?」
私に経緯を話すように言ってきた、勿論拒否権は実質ない。前半は粗野な喋りだったが、最初から最後まで依香様が話していたようだ。
「あ、ハイ……」
私はあの綺麗な池を見てたら鯉の柄が子供の顔だということに気が付いて騒いだら池が波打ち出して紫里さんが池に突っ込んだ事を話した。
「――というわけでして」
「ふーん……まぁ、鯉の柄については
「あ、やっぱ、そうなんですかー?」
美貴が話に入ってきた。
「渡した書類にも書いてあったと思うけど、このお寺、流産や死産で生まれることが出来なかった子供、水子などを供養する寺だったみたいよ。だからまぁ、子供の顔っぽい柄の鯉が居てもおかしくないかもね」
冷たいような面白くなさそうな顔をしてトイコさんは言った。
視ればトイコさんは苦虫を噛み潰したような顔になっていて大分感情を押し殺した顔と言っても良いのだろう。
「あと……紫里さん、貴女自分で更に刺激してるんじゃありませんよ、全く」
トイコさんは文字通り切り替えたのかグルっと紫里さんの方を向いて注意をした。静かに淡々とした口調が逆に恐ろしく感じる。
「まぁ、とりあえずお話は山を降りてからにいたします」
「えーまだ続くのー!?」
「終わる訳ないでしょう、私には貴女方四人を山の下へ無事に帰す義務があるというのに、貴方はもう……」
「ヤダー」
不意に話を止めてお寺の方をちらりと見たあとゴネている紫里さんを尻目にトイコさんは桃香の方に話をかけた。
「大丈夫、立てます?それともアタシが背負おうか?」
「え!? あ、大丈夫です!!」
トイコさんの言葉に慌てて立ち上がった。
そういえばさっきは桃香はトイコさんに人攫いみたく担がれてたのを思い出した。
「じゃー、さっさと車に戻るよー」
「はーい」
トイコさんの言葉に四人全員返事をして坂道を降りる。
私は不意に振り向くとお寺の敷地側だけ未だ霧が掛かっており、よく視ると何かがこっちを窺っていた。
「後ろは見ちゃダメよー」
今視ても辛いだけ、と小さな声で紫里さんに忠告された。
「後でお姉様達がどうにかすると思うから、今は視なくても良いよ」
そう言って紫里さんは先頭に行った。
「はぁ……」
その後、私達はこの幽山となりつつある彼の世の様な山から降りて無事に日常の世界へ戻り街の駅「政理屋敷」でトイコさんと紫里さんとは別れたのだった。
「まーた何かで会おうねー」
「バイバーイ」
「本日はありがとうございました」
トイコさんと紫里さんに挨拶をして別れたが、トイコさんと次お会いするとしてどちらの姿で会うことになるのか私にはわからない。
まぁ、そんな事はどうでもいいことなのかもしれない。
何故ならどちらの姿だろうが中身は依香さんである事には変わりないのだから。
一つ気になったのが、トイコさんの霊魂の顔形が美貴とどこか似ていたことだろうか。
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