読まれ続けるものを書きなさい

紫鳥コウ

読まれ続けるものを書きなさい

  1


 この電線とあの電線をつなぎ換えてしまいたい。

 そうすれば、ありとあらゆる団らんが輪郭りんかくを失い、わたしにまでなだれ込んでくると思うから。暗がりのなかに、幸せはない。陽が昇るのを待ちながら生きてきた、どうしようもないくらいに寂しがりなわたしには、言い切れる。


 傘をさしていれば、雨が降るような気がした。持っていた傘を夜空に突きつけて、パッと開いた。

 陽のないところで咲きたくなる花は、この世に一輪もないのだろう。

 赤さびの目立つ傘を地面に叩きつけた。横書きの表札の家から、犬が吠え散らかしてくる。


  2


 部屋の鍵を蒲団ふとんの上に投げつける。やわらかい蒲団へと。


 ひまわり畑の真ん中で、ちまちまと茎を切っている気分。悪いことをしている。だけど、もうわたししかいないセカイでそれをすれば、犯罪でもなんでもない。

 氷柱つららのような虚しさを抱きしめたまま、下手くそなミステリーサークルのうえで眠る。気付いてほしい。


 今日も、電気をつけていないと眠れない。


 わたしにとって、幸せというのは、線香の匂いなのだ。死んでも、かまわれ続けたい。だれかの意識の外側にいるということは、到底たえられるものではない。


  3


 晴れた日の朝ごはんが、うらやましい。陽のいるうちに、生まれて死ぬのだから。


  4


 わたしは、あなた方に、伝えなければならない。

 どれだけ卑下ひげをしたところで、あなたは、美しい。


 繰り返して言う。あなたは、美しい。あなたは、生きるべきだ。生きている限りにおいて、あなたは、必ず、なんらかの形で美しいのだから。


  5


 あの電灯が落ちてきて、わたしの腹で砕け散ったとき、痛いと感じるのはわたしだけだ。暗くなることの代償として、痛みを引き受けなければならないのは、わたし。


 これが、わたしたちの生きづらさのすべてだ。

 暗がりのなかに、傷ついたひとを放り投げるのが、わたしの見てきた世の中だ。きっと、あなただって知っている。


 そして今日も、暗がりのなかを歩く。

 いったいわたしは、こういう生活をいつまで続けていけばいいのだろうか。だれからも眼差しを受けない。このことが一番、寂しくてたまらない。


 そんなことはない。きみは、美しい。私は、きみのことを、こうして書いている。


 どうしようもないと嘆くきみのことを、暗がりから探しあてて、文章で輪郭を作り、光あるところへ、つまり、誰かから眼差しを受けることのできるセカイへ、身勝手に連れだしてきたのだ。


 どうか、私の物語の主人公になってください。私は、断言できます。きみは、美しい。きみを美しく描くことはできない。きみはもう、美しいから。私には、美しくうつっている。


 わたしは醜く、夜を寂しくさまよい、電気をつけて眠り、朝をむかえると……朝を迎えると、私の文章のなかで、笑って、泣いて、冗談を言って、言われて、恋をされて、恋をして――


 夜になると、電線をつなぎ換えて幸せを奪ってやりたいと思い……朝になれば、私のかけがえのない、主人公のひとりになる――


 わたしは、身勝手に振り回されるだけだ。寂しいときが、必ずやってくるのだから。

 だけど、きみは、読まれている。私がいないときも、だれかの目にさらされているかもしれない。

 でもそれは、絶対じゃない……からこそ、私には尊いように思えるのだけれど、どうだろう。


 暗がりなんて、だれかの日向ひなたにすぎない。

 蒲団にくるまって寝ているのと、大草原で、晴れ渡る空と流れる白雲のしたで、腕枕をしてのんびりとしているのは、大差ないことだ。


  6


 やっぱり、物書きというのはヘンだと思う。

 せいぜい、わたしが眼差しを受けられるように、読まれ続けるものを書きなさい。



 〈了〉

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