第4話

私は禍競りの会場を後にし、急ぎ生家に向かっていた。やらなければいけないことがあったからだ。

生家に辿り着くと次弟の蛾二郎の妻、まゆらが私を迎えてくれた。

「蛛一郎様、お帰りをお待ちしておりました。冬虫夏草は?」

「ただいま、まゆら。気持ちは分かるがそう焦るな。確かにここに冬虫夏草がある」

「嗚呼……」

私の手に握られた冬虫夏草にまゆらは涙を流す。彼女の苦悩を思えばやむ無いことだろう。

「すぐに終わらせる。少し待っていてくれ」

私は冬虫夏草を手にある部屋へと向かった。そこにはとある妖魔が巣食っている。冬虫夏草が失われた原因となる妖魔。我が二人の命が失われた原因である妖魔である。

「随分待たせたな」

しかし、長らく巣食っていた妖魔も冬虫夏草がこの手に戻れば簡単に祓うことが出来る。

「消えろ」

私は一振で妖魔を祓い、奴が根城にしていた部屋に飛び込んだ。うあああ、うああと泣き声が聞こえる。その声に導かれ、籠の中で泣いてにいたを抱き上げる。息も脈も正常。姿かたちはあの日のままであった。

「蛛一郎様!私の子供は……ああ!!!」

外で待機していたまゆらに赤ん坊を渡せば彼女は大泣きして喜んだ。夫との愛の結晶、可愛い我が子ともう何年も会えていなかったのだ。その喜びは如何程のものか。

「ありがとございます……ありがとうございます蛛一郎様……!!!」

私もまゆらと喜びを分かちたかったが、その前にやるべきことがあった。

「まゆら、すまない。私は戻らなくては。また暫く留守にする。その子の世話は頼んだぞ」

「蛛一郎様、何処に?」

「弟のところに」

私は蛾二郎の息子を救うと禍競りの会場に急ぎ戻った。

最後の弟の元に。



籠虫かごむし家は代々、妖魔退治を生業にする家系である。

家業のためならば長男が子を成すことを諦め、呪いに身を浸すことも厭わない。そんな一族だ。

そんな我らの家に妖魔が棲み着き、家人を操り、家宝を売り飛ばしてしまったなど、なんの笑い話だと思われるだろう。

しかし、残念ながらそれは事実であった。家宝を売り飛ばした後、家に棲み着いた妖魔は人質を取った。産まれたばかりの蛾二郎とまゆらの子を。冬虫夏草を失った私達は無傷で赤ん坊を救い出す算段が立てられなかった。故に一刻も早く冬虫夏草を取り戻す必要があった。

私達三人は日々情報を集め、「禍競り」と呼ばれる堕ちたる神が開催する奇妙な催しに辿り着いた。

そして、私と蛾二郎、蟻三郎の三人はとある禍競りに参加することになったのだ。

禍競りにて競り勝てば、「神の力を借りる」ことが出来るという噂を信じて。



悲鳴が聞こえる。

「蛾二郎と蟻三郎は自慢の弟達だった」

悲鳴が聞こえる。

「蛾三郎は自分の縁が家宝を取り戻し、家族を救う手立てになるならと喜んで自らの命を捧げた」

悲鳴が聞こえる。

「蛾二郎は私ならば絶対に妖魔を倒し、我が子を救ってくれると望みを託して自らの命を捧げた」

悲鳴が聞こえる。

「そして、蝶四郎。お前は───」

悲鳴の根元に辿り着く。

「百!!!百!!!百!!!」

「やめぇ、やめええ……」

「殺せ!!殺せ!!この鬼畜共を殺せ!!捧げろ!!捧げろ!!」

「ゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてください」

「全員の命を捧げろ!!!我らが神に!!!私たちの神に!!!!」

阿鼻叫喚の地獄絵図。捕らえられていた生贄達が自分達を連れてきた鬼畜共を殺し回っている。怒号と命乞いで耳がどうにかなりそうだ。こんなことをしでかすのはこの場に一人だけだろう。

「お前は何をやってるんだ?」

「ふふっ、禍競りですよ。兄様ぁ」

は酷く蠱惑的に嗤った。

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