第3話

「では三から───」

「お待ちください」

牛蛙の言葉を遮って私は蝶四郎を片腕に抱えて歩き出した。出来るだけ周りから見えないように頭から羽織を被せている。私はそのまま牛蛙の隣まで上がり込んだ。

三十五の願いの競り合いの中でこれは初めての出来事である。参加者は皆ざわめきたつ。いわんや牛蛙をや。

「な、何事ですか!?禍競りの進行の邪魔は何人たりとも……」

「いえ、邪魔がしたいわけではないのです。私はこの掛け、「えにし」にて捧げたいと思っております」

「縁、ですと……!?」

縁の言葉は会場中に波のように広がって行った。「縁捧えにしささげ」。大抵は人間の数で競り合うこの禍競りにおいて、捧げる人間の質───捧げる人間の大切さ。その価値にて競り合うものである。

大抵、行われるものではない。禍競りなどに参加する者共にとって、大切な人を捧げるよりもそこら辺の思い入れのない人間を攫ったり、金で買ったりする方が余程簡単だからである。故に、縁捧げを宣言すれば大抵の掛けは通る。もちろん、主催者が納得すればの話だが。

セイシン様は心底愉しげに笑い転げた。

「ひっ、ひっ、ひぃ。面白い。面白い。縁と来たか。良かろう、良かろう。我がその価値を測ってやろう。汝は何を捧げる?」

「我が弟、蝶四郎を」

蝶四郎はするりと私の腕から抜け出し、羽織を翻しながら降り立った。その様は蝶の舞う如く。参加者達の息を飲む音が聞こえるほどに蝶四郎は美しかった。

「まず、ご覧の通り私の弟は人を超えた美貌の持ち主です。礼儀作法も完璧に仕込んであります」

「ひひっ、我はそのようなことだけで価値を決めぬ。まさか汝、美しいからというだけで四の字を持つ弟を?末弟であるから捧げたのでは無いのか?二、三の弟はおらぬのか?」

「無論、おります。いえ、おりましたと言う方が正しいでしょう。我ら四人兄弟の内二人、蛾二郎がじろう蟻三郎ぎさぶろうはもうこの世におらず」

「ふぅむ、では唯一残った弟ということか?」

美しいだけの末弟を捧げるのではなく、唯一残った美しい弟を捧げる。その言葉にセイシン様が揺らいだのを感じた。私は畳み掛けるように言葉を重ねる。

「ええ。しかし、それだけではありません。私はとある理由で子を成すことが出来ないのです。子を成せば子は末端から腐り落ちて死ぬと呪い師に言われているのです。セイシン様であれば一目瞭然かと」

私を改めて見たセイシン様は驚いたように目を丸くする。

「なんと、汝の言葉は真である。他の弟が死に、汝は子を成せぬ。であればこの弟は……」

「我が家の直系の血筋を残せる唯一の存在です。無論、傍系の者はいますが……血は薄まることでしょう」

「ほう、ほう、ほう!!唯一残った弟を捧げ、家の血も絶やすと言うか!そうまでして、汝が叶えたい願いとは如何に?」

ここが正念場だ。私は正直に語る。

神の目から見て滑稽な願いを。

「家宝の返還です」

「家宝?家宝だと?」

「はい。我が先祖より受け継ぎし家宝。それを失ってしまったのです。これがなければ亡くなった父母に顔向け出来ません。セイシン様のお力で、我が家宝を取り戻したいのです」

しん、と一瞬沈黙が場を支配する。

「ひ、ひぃ、ひひっ」

神が嗤った。

「ひっ、ひひ、ひはははははははははははははははははははははははは!!!!!それだけか!?それだけのために汝は弟を捧げると言うか!!良かろう、良かろう、良かろう、面白い、面白い、面白い!!!!!認めよう、ここに「縁」は捧げられた!!汝の願いは成就する!!!」

セイシン様のその宣言と共に、傍らで静かに控えていた蝶四郎はセイシン様の尾によって高く、高く投げ飛ばされる。

「兄様」

蝶四郎が微笑んだ。

「きっと叶えて下さいましね」

その微笑みを最後に蝶四郎はセイシン様の口の中に吸い込まれて行った。

「甘露、甘露だ……!!!縁がここまで美味とは思わなんだ……!!!」

上機嫌のセイシン様はバタバタとその場で身をくねらせる。私の弟を腹に納めたその身体を。

「汝の願いは叶う、叶うぞ。ほら、叶う。今叶う!!!」

そう言ってセイシン様はがぱりと口を開いた。喉奥から真っ白い細腕がにゅっと伸びてくる。その手に握られているのは我が家の家宝、妖刀「冬虫夏草とうちゅうかそう」。

「見つけましたよ、兄様」

喉奥の暗闇から蝶四郎の声がそう言った。

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