第2話
蛇の姿に化け、昼間はその姿を活かして人々の生活に紛れて人々の願いを集め、夜になれば本来の姿に戻り、人々の願いを叶えていたという。
祈願成就の神として人々から敬われ、愛されていた誠心之神だが、ある時穢れを受け、その姿も精神も醜く歪んでしまった。
本来であれば信仰を失い、八百万の神の一柱として消えるはずだった誠心之神だが、彼はそれを受け入れることが出来なかったのだ。
結果として───
「一掛け目ぇ、「子孫繁栄」、「子孫繁栄」でございます。では、二よりはじめさせていただきます」
「五!」
「七!」
「九、九だ!」
「十!!!」
「十より上、いらっしゃいますか?いらっしゃらないでしょうか?では十人で願掛けは成立でございます!」
牛蛙がそう宣言するとがぱりとセイシン様は顎を外さんばかりに大きく口を開いた。ぬらぬらとした口の粘膜と疎らに欠けた乱杭歯。喉の奥は暗闇になっていて何も見えない。セイシン様がその体制を取ってから暫く、目隠しをされた人間がゾロゾロと牛蛙に連れられてやって来た。彼らは何も分からないようで困惑したようにキョロキョロしている。
「では、こちらへ」
「あのぉ、これは一体……ぎゃっ!」
牛蛙は先頭の一人をセイシン様の口の中に勢いよく押し込んだ。バクン!と飲み込まれ、哀れ悲鳴もセイシン様の喉奥に吸い込まれ消えていく。それが十回、繰り返される。
最初は呆然としていた人々も異様さに気付いて逃げ出そうとしたが、
「美味なるかな、美味なるかな。承った。汝の願いを叶えよう。汝の一族は優秀で有能な子に恵まれ、家督の争いは起きず、皆健康で満ち足りた人生を過ごし、世の末まで繁栄することであろう」
これが禍競り。堕ちた神の食卓。叶えたい願いを捧げる人間の数で競り合う禍々しき催しである。
この場に集うのは人を人とも思わない、数で考える鬼畜共。願いを叶えてもらうためならば手段を選ばない。
そして、これが誠心之神の末路である。自身の神格の零落を、信仰の消失を、離れていく人々を受け入れられなかった結果、神は食事が運ばれてくるのを大口を開けて待つだけの存在に成り下がったのだ。
かつての誠心之神の威光を知るものがいれば泣いて悲しむことだろう。誠心之神自身に現状を悲しむ心が残っているとは思えないが。
禍競りは恙無く進行して行く。
二掛け目、「家内安全」。
三掛け目、「安産祈願」。
四掛け目、「悪敵退散」───鬼畜共は願いのために声を荒らげて競り合い、その対価として何人もの人間がセイシン様の胃の中に消えて行った。
そして、三十五掛け目のことである。
「三十五掛け目ぇ、「失せ物探し」、「失せ物探し」でございます」
「兄様」
蝶四郎の呼びかけに頷く。これこそが我ら兄弟が待ち望んでいた願い。
「行くぞ、蝶四郎」
挑むは三十五掛け目、「失せ物探し」。
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