第6話

「・・・」


 今完全に八重桜さんのお腹から音が聞こえたけど当の本人は微動だにしない。


「何か食べ物を買ってきてたら気にせず食べていいから」

「・・・」


 コンビニ袋を持っていたので聞いてみたが、首を振る動作から袋の中身は食べ物ではないらしい。


 お腹の鳴る音で思い出したけどそういえば俺も晩御飯まだだったな、そもそも先にお風呂に入ろうとしてたところだったっけ。


 八重桜さんは今、自分の部屋に入れないうえにお腹を空かせてる状況だと思うと少しだけ同情してしまう。


「俺、晩御飯まだだからもし食べてなかったらついでに何か作るよ、普段自炊してるから大体のものは作れるけど味は期待しないでくれよ?」


 ふと自分で言っててこれが男女逆で美少女が言ったセリフだったらわりと最高のシュチュエーションなのになぁと思ってしまった。


 グゥゥウウウ~


 返事はないが、お腹の音で返してくれた。どうやらかなりぺこぺこらしい。


「適当にテレビでも見てくつろいでて」

「・・・」


 それだけ言って俺はキッチンに向かい部屋を後にする。


 「はぁ、」


 確かに客ではあるが何で俺ばかり気をつかって喋っているんだろう。バイト終わりなのもあってか、自然とため息がでた。


 少しモヤモヤしながらも、フライパンで市販の麺を炒めつつ冷蔵庫にあった適当な野菜と肉を切ってぶち込む。仕上げにヲタフクソースを混ぜ合わせ再度軽く炒め、最後にカツオ節と青のりをぶっかけて完成。この香ばしいソースの香りが食欲をそそる。


 できたのはYAKISOBA《やきそば》!


 安いしすぐにできる、いい意味で誰が作っても味は安定して大体同じになる。それに麺類は一人暮らしの強い味方だ。


 普段は料理したフライパンから直食いなのだが、来客用の大皿に移す。取り皿二つと箸二本をもって部屋に戻る。飲み物は持ちきれないのでそのあとだ。


 夕飯を食べ終わったらさっさと出ていってもらおう。


 ガチャ。


 扉をあけるとそこには想像も絶する光景が――――


「・・・えっ?」

「~♪」


 なんと八重桜さんがソファーにうつ伏せで横になり足をパタパタさせながら雑誌を読んでいる・・・それにその雑誌、俺はとてもとても見覚えがあった。


 だってそれ俺が隠していたエロ本(成年向け)なんだもん!!!どうしてこうなった!?


 何からツッコんだらいいのか、唖然としてしまった俺の手から先ほど作った焼きそばの皿が落ちそうになり慌てて両手にぐっと力を込める。


 夢中になってエロ本を読んでいる八重桜さんは、出来立ての香ばしいソース臭に気づいたのか鼻をスンスンとさせるとゆっくりこちらを向いた。


 フリーズしている俺を見て小首をかしげる彼女。


 「ん?っじゃないよ八重桜さん!くつろいでてとは言ったけどまさかここまでとは普通思わないじゃん?」


 とうとう俺は怒るどころか、彼女の斜め上のおかしな挙動に呆れ顔をしてしまう。こちらに気づいても八重桜さんは全く自覚がないようでさも当たり前のようにくつろいだままだ。


「っぷ はははっ!」

「・・・」


 八重桜彩乃は不思議な奴だ。 


そう思うとなんだか面白可笑しくなってきたぞ。そもそも自分の部屋に神絵師八重桜彩乃がいるだけでもおかしな状況なのに、人の家のソファーでくつろぎながらも一緒に夕飯を食べる日が来るなんてな。


 じーーーっ


「・・・」


 何が可笑しいのか全く分からなそうな八重桜さんはこちらを見ている。


 しかしあの無口の八重桜さんのこんなレアな姿を俺だけが見てると思うと何とも言えない特別な気持ちになる。ただ流石に同い年で異性の部屋に上がり込んだ初日にこの無防備さは心配になるなぁ。


 グゥゥウウウ~


 まったくよくなるお腹だ。


「はいはい。夕飯できましたよっと。とりあえず晩飯にするから、そ、その本置いてくれるかな?」


 俺はもうはじめの印象とはうって変わり、この変な生き物を呆れ半分面白半分で接することにした。


 八重桜さんはもそりと動きだし読んでいたエロ本の開いてるページをソファーに接触させる形で置き、テーブルにつく。


 えっ嘘でしょ、食べ終わったら続き読む気なのか?


 ねぇ…八重桜さんは今どんな気持ち?俺は今にも羞恥心で心臓が張り裂けそうだよ?ねぇ?ねぇ?


 因みにクラスで仲のいい友達にすら見せたことすらないんだぞ??何故かって?そのエロ本のジャンルがR18義妹ものなのだから。それに俺はこのジャンルを公開するのが恥ずかしい。


 異性とお部屋に二人きり。なのにこのドキドキは違う意味のドキドキであることぐらいバカな俺でもハッキリとわかる。


 ひとまず焼きそばと取り皿、箸をテーブルに置いて対面で座る。


「・・・」


 フーーッ フーーッ


 なんだ?この音??


 フーッ フーッ


 謎の音に疑問をもって耳を傾けると、その音は目の前に座っている八重桜さんの口から出ている音だった。顔を見ると先ほどからキリッと逆ハの字眉にギラギラした目が焼きそばに釘付けになっている。それとは対照的に口元は今にもよだれが垂れてきそうなほどフニャフニャになってた。


 どうやら興奮して息が荒くなってるみたい。焼きそばを食べたがっている八重桜さんの姿、シンプルに引くぜ。どんだけ腹へってるんだよ…


「い、いただきます」

「・・・」


 無言ではあるものの、ちゃんと両手を合わせているのを見ると育ちの良さが伺え…いや、友達とも言えない関係のクラスメイトの部屋でソファーにうつ伏せ&勝手にエロ本読書でマイナス3000点だな。


 ・・・中々焼きそばに手を付けなかったので八重桜さんの取り皿に分けると


「ズゾゾゾゾゾゾゾゾ~ッ」


 皿に盛るやいなや、一呼吸で勢いよく焼きそばをすすった。見ているだけで気持ちがいいほどの食べっぷりだ。


「おおー」


 焼きそばが好きなのかお腹がすいていたのか、明らかに後者だが自分で作った料理を食べてもらえるのは気分が良いものだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無口な彼女は秘密が多い。 菓子月 @K_4zk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ