第4話

「よし、帰ったら課題進めるか」


 時刻はすで21時を少し越えていた。事務所で帰る支度をしていると、


 コンコンコン。


「はーい」


 橘さんが入ってきた。


「おつかれぇ~」

「あっお疲れ様ですー」


 レジ業務二時間の後、コミックとライトノベル売り場の業務をみっちり叩き込んでくれた張本人である。


 もちろん俺は大好きな漫画やノベルに触れられて楽しさ半分だったが、新しい業務を教わりながら合間に電話やお客様のお問合せも受けていたので流石にクタクタだ。


「明日、明後日は休みだね~秋月くんも」

「えっ。二連休ですか?」

「うん、明日土曜日は休配日なんだよ~シフトにもかいてあるよ」

「見てみます、ありがとうございます」


 ちなみに休配日というのは本のが発売されない日。主に土日や祝日に多い。この日は基本棚のメンテナンスと販売業務が中心になる。学生バイトなら土日など休みの日に入ることが多いと思うが、俺は課題やオタ活の為なるべく土日を休みにしてもらっていた。


 おっ本当だ、ラッキー!明日はのんびり起きるとするかな。


「ではお先~」

「お疲れ様でしたー!」


 橘さんは用事でもあるのか、足早に書店を後にしていった。


 さて、俺も帰るか…


 つむぎ書店から徒歩10分ほどで俺の拠点であるマンションがある。家から学校までは大体20分ほどで着く。基本的には家、学校、書店のトライアングルをぐるぐるしている。


 206号室角部屋、通路を挟んで隣に階段とエレベーターがあるが音もうるさくなく文句なしの1K。エレベーターはよくどこかの階で止まってたりするので、待つのも面倒な俺は迷わず階段を使う。


 ふぅ、今日は流石に疲れたから、すぐシャワー浴びて寝るか…そう思いつつ階段を上がりおえると…


「ん⁇」


 俺の部屋の前に女性が立っていた、なぜ――


 こんな時間に誰だ?宗教勧誘?一見知り合いではなさそうだったので、少し不気味に思いつつも声をかけるタイミングを見計らう。


 容姿は肩まであるボサボサの長い黒髪。上下暗めの赤いエンジ色に白のストライブが入っているダボダボのジャージ。よく見ると手にはコンビニで買ったであろう袋を持っていた。パッと見の偏見で申し訳ないのだが芋っぽい見た目をしている。


 すると、―――ガチャガチャガチャと俺の部屋のドアノブを回し始めた。


 ちょ、何してんだ??


 どうやら自分の部屋と勘違いしているのか、それとも俺を探しているのかの二択。確かに俺にはデザイン学校で仲のいい女子数人はいるものの家まで知っているやつは一人もいないはずだ。


 ドンドンドンドンッ‼


 ついにドアをたたき始めたぞ…。二人暮らしをしてる人なのだろうか?それともお隣さんが何か用?


 あ、なんか叩いた手をめっちゃ痛そうにさすってる、もしかしてちょっとアホなのかな…?少し怖いが、さすがにこれ以上は俺も帰れないし見ていられないので声をかける事にするか…


「あ、あのぉ~すみません」

「⁉ッ」


 突然声をかけられた黒髪女性の肩は一瞬ビクリと跳ねた。女性はゆっくりとこちらを向く。


「・・・」

「ここ206号室は俺の部屋なんで、たぶんお部屋間違えてますよ?」


 正面から見た人物の顔は前髪が長く夜なのでハッキリとは見えないのだが…かなり見覚えのあるものが顔についている。


 あれ。この大きな丸眼鏡はもしかして…


「・・・」

八重桜やえざくらさん⁇」

「!?っ」


八重桜さんは、俺のことに気づきあわあわしたかと思えばバイブレーションのようにプルプル震えている。


「まさか、こんなところで会うとは思わなかったよ。八重桜さんもこのマンションに住んでるの?それとも友達の家があるとか!」

「・・・」

「えっと…もしかして俺に何か用?」


 なにも言わない八重桜さんの顔色をうかがっていると、八重桜さんは意を決したように手をぎゅっと握りしめゆっくりと口を開いた。


「……うるさぃ」




「…え?」


 い、今なんて言ったの⁇うるさい?まさかうるさいって言われたのか?俺…


 部屋を間違えているであろうクラスメイトに遭遇したからそこ俺の部屋ですよって教えてあげた第一声が…うるさい?気のせいじゃないよな?


 予想外の返事に俺は脳内で何度も相手の意図を読み取ろうとするも良くわからない。


「・・・話しかけないで‼」

「なっ・・・」


 うん、今度はハッキリ聞こえた。俺が悪いのか⁇会話が成り立っていないがここにいるのは八重桜さんと俺の二人。漫画やアニメにある八重桜さんにしか見えない何かと会話をしているとすれば納得できなくもないが、これはどう考えても俺に向けられた言葉だ。


「・・・」


 すると彼女は急に動き出し、何事もなく階段を駆け上がっていった。腑に落ちない俺はその場でフリーズしていたが、一旦俺の部屋に入ることにする。


 バタン。


「マジで何だったんだ…今のは確かに八重桜さんだったよな?」


 なんか冷静になったら急にムカついてきたな。完全に被害は俺だ。なんなんだよあの態度は!前から無口で不思議なやつだとは思ってたけど前言撤回。なにげにこれがファーストコンタクトになるが、もちろん印象は最悪!無口で不思議な「嫌」なやつと認識しても問題ないだろう。


 ああ腹が立つ。


「はぁぁー」


 深いため息が出た、これぐらいで腹を立ててしまうとは我ながら何て器が小さいんだ。バイトの接客対応でも嫌なことは何度もあったというのに。きっと疲れているのだろう。


 クラスメイトとはいえ今後もどうせ直接関わりが少ない八重桜の事をネチネチ考えても決していい事はない。いつもはシャワーを浴びて寝るだけだが、今日は湯舟につかりたい気分。


 もやもやしながらも風呂場の蛇口をあける。


 キュキュ 


 それにしてもあのメガネの奥からこちらをみる目、さっき初めて八重桜さんと目があったがかなり俺を嫌がるような目つきをしていた。


 まるで、「お前みたいなクソ雑魚底辺絵師が私に話しかけるじゃねーよって」目つき…。


 …いやどんな目つきだよ。被害妄想にしてもさすがにひどすぎるか。と心の中で自分にツッコミを入れる。


 何故そう思ってしまうかは俺が一番わかっている、俺は絵のうまい彼女に嫉妬をしているからだ。


 同い年の絵描きとしてはるかに優れている八重桜さん。クラスでは無口で不愛想、そんな彼女に神様だとか何だとか飲み物やお菓子などを与える周りの生徒もいれば、講師の先生方も彼女に気を遣いあからさまに優遇している気がする。


 俺だって一生懸命毎日イラストを描いているのに海の藻屑だ。クラス内全員同じ目標を持つ者たちが集まる学校。人と比べることでやる気が出る場合もあるだろう、だが比べた対象とのあまりの差にモヤモヤすることだってある。


 他人と比べると不幸になるなんて言葉もあるくらいだ。誰かと何かを比較したことがない人間なんてこの世の中にはきっと一人もいない。人は常に何かをするとき自然と誰かと比べ合っているといっても過言ではないのだ。なのでこれは絵を描く者だからじゃなく人と人との関係にある根深い問題だ。


「ああ!イライラする!!」


 俺は八重桜さんが描く凄いイラスト以外本人のことをよく知らないが、勝手に何かを期待していたのかもしれない。まるでテレビで見る面白くて優しい芸能人に実際会ったら冷たくあしらわれた感覚。


「お湯がたまるまで、テレビでも見るか」


 ソファーに深く腰を掛けスマホを片手にテレビをつける。


「全然面白い番組がない…」


 番組がつまらないのか今日の俺がつまらないのか、知らない適当なバラエティー番組をBGM代わりにつけた。


「今日あった事、LI〇Nで一ノ瀬にでも愚痴ろうかな。いいや、これは直接会って愚痴りたい!」


 とかくだらない事を考えつつ日課のT〇itterというSNSで好きなイラストレーターさんの投稿を漁る。


「おっ今日もしらす先生の投稿イラストは絵に力強さがあってとてもかっこいいな…」


 こうして凄腕イラストレーター方のイラストを見ていると、俺の心のモヤモヤは少し晴れていく。世界には自分より魅力的なイラストを描く人が星の数ほどいるのだ、焦る気持ちもあるが大器晩成型でもいいんじゃないか?


「俺もこういう絵が描けるようになりたい…」


 それから数分して風呂場のお湯がたまる音が変わったのに気づき、様子を見に行くとちょうどいい高さまでお湯がはっていた。


 よし、風呂入るか。久しぶりの湯舟に少し興奮しつつもTシャツを脱ごうとすると、


 ピンポーーン♪


 とインターホンが鳴った。

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