第3話
…あの子は。
レジに立っていると、一人の黒髪少女が来店した。
「「いらっしゃいませー」」
黒髪少女はまるで何事もなかったかのようにレジ前を通り、少し猫背で目線を斜め下に落としながらも、迷うことなくまっすぐコミックコーナーへと向かっていく。
どこにでもいるような雰囲気の少し華奢で小柄な女性。そんな彼女を俺は知っている。
というか知りたくなくても目や耳に入ってくると言ったほうが正しいだろう。
なぜなら彼女は俺と同じ専門学校に通うイラストコースのクラスメイト
もちろんそれだけが理由ではない。彼女はよく噂になるのだ。
クラスの噂になっていると聞いて美少女などを連想した人も何人かいるだろう、少なくとも漫画やラノベだと学校一の美少女で~などと綴るものが多いのではないだろうか。
だが、今回は違う。なんならクラスでは浮いているに近いかもしれない…物理的にじゃないよ?それじゃあ異能キャラかホラーものになっちゃうからね。
しかし、これだけはハッキリとしている。八重桜さんも校内一の○○だ。
俺的に八重桜さんのプロフィールを語るとするなら、身長は175センチの俺の顎下のぐらい。普段は艶やかな黒髪を一つの大きなゆるい三つ編みにして前に流す髪型をしている。ヘアスタイルに詳しくないのでその名称がよくわからないがこれで何とか伝わると思う。
それに加えて最大の特徴は大きな大きな丸眼鏡。俺は今まで実際にかけている人を漫画やアニメでしか見たことがなかった。
前髪も目元まで長く普段から少し猫背で常に斜め下にうつむきがちな為、どんな顔立ちをしているのかハッキリとはわからない。
うちの専門学校には服装規定がないので普段の八重桜さんは主に黒の長袖にデニムパンツの組み合わせが多いと思う。
ここまで聞くとわかると思うが、服や身なりにあまりお金をかけない俺が正直に言おう!
八重桜彩乃は地味女である。
そして極め付きに性格なのだが…超がつくほどの無口だ。
話しかけられても無視かよくて相づち、顔色一つも変えない。というか表情が良くわからない。ごくたまに会話をしているのは先生ぐらいだろうか。
入学はじめの自己紹介は小さな声でごにょごにょ喋っていたので恥ずかしがり屋なんだろうなと思ったのを覚えている。
同じ志を持つ者同士が集まるこのデザイン専門学校。当然漫画やアニメ、ゲームなどが好きな人が多くてみんなと話が合わないわけがない。
好きな作品や推しキャラの語り合いなどでクラスはわりと常に賑やかなのだが、八重桜さんは片時も机を離れず黙々と作業をしている。自分からクラスメイトに話しかけているのを見たことがないし、ましてや私に話しかけるなオーラをぷんぷん放っている。お察しの通りクラスでお友達と思われる人は見るからに一人もいない。多分ぼっちだ。
さて、では何故地味で無口な彼女がよく噂になるのか。
答えはとても簡単だ。デザイン専門学校での圧倒的強者、八重桜さんは絵が上手い。むしろ講師顔負けレベルに絵が上手い。
おっと、絵を習っている者がただ絵を上手いとひとくくりにしてはいけないな。絵の上手さには色々あるものだ。
正しさ、見せ方、発想。その他細かいところまで突き詰めると切りがない芸術の世界。八重桜さんはどんな課題であれ圧倒的な画力に技術、個性やセンスのある作品臨機応変に仕上げて人々を魅了する。
学校の課題提出日には生徒たちがざわつきちょっとしたお祭りのようになる。デザイン学校なのでクラスの壁や校内にそれらの完成作品を飾ることが多いのだが、毎回八重桜さんの作品を一目見に多数の生徒が群がるのだ。他クラスや2年生までいて、この絵が欲しい、売ってほしいなどと言う人もいたりするほど。
よってその日は1日中どこかしらで彼女の噂が聞こえる。厳密には彼女が描いた絵の噂だ。
その都度彼女にイラストの感想をいう者やお近づきになりたい者達が八重桜さんに接触を試みたのだが当の本人は無口で近づいてきた者を相手にしなかった為、いつしか作者の八重桜さんに直接話しかけることは作品の邪魔になるイコール失礼なことだと校内で暗黙の了解になっていた。
もちろん気になるのは俺だって例外じゃない、彼女の絵は魅力的で誰もが好きだし何より同い年でこんなにも画力の差があることに正直嫉妬があふれて止まらない。何なら入学当初の初課題提出で八重桜さんの作品を見たときには「今さら彼女は何を学びに来たんだろう」と思ったほどである。
大手出版社のライトノベル表紙やグッズイラストも任されてるなどの噂もあるため、もしかしたらとっくにプロとして活動しているのかもしれないが明確に詳細を知るものは先生以外いない。何よりも世間が彼女の絵を放ってはおかないだろう。
そんな彼女は実はつむぎ書店の常連客であり、うちの書店員でも知らない人はいないぐらいの頻度で訪れるヘビーユーザーだ。学校上がりの放課後はもちろん、休日もよく来店しているのを見かける。
どうやらじっくり品定めをするタイプらしく、かなり長居しているが毎回一冊以上は必ず買ってくださるお店に嬉しいお客さん。
初めはあの八重桜さんが顎に手を当て、頭をゆらゆら体もくねくねさせて何を買うか悩んでいる姿を見た時は少し可笑しくてクスりと笑ってしまったこともある。
―――おや、どうやらその本人が買うもの決めたみたいだ。
すたすたとレジに来た八重桜さんは、カウンターにそっと三冊の本を置いた。
ちなみに俺がここで働いてる事を八重桜さんはたぶん知らない。何度かレジ対応もしたのだが常に視線を落としている彼女と目があった事がないからだ。気づいていないのかと思い、露骨に「いらっしゃいませー」とあいさつするも反応はなかった。人を避けている八重桜さんの事だから万が一俺のせいでお店に来なくなってしまったら店長に怒られてしまう。
俺としても知り合いにバイト姿を見られるのは少しこっぱずかしいし、八重桜さんとはただのクラスメイトなので仕事のレジ業務以外ではこちらから声はかけない。
こうして今回も俺のいるレジにお構いなしに来るあたり、やはり気づいてはいないらしい。
「ッ!?」
だが今回はいつもと少しだけ違うことに驚いた。
この目の前にそっと置かれた三冊の本の置き方が、上から裏返しに青年単行本、TL(ティーンズラブ)単行本、青年単行本。
「・・・」
まんま思春期男子のエロ本の買い方じゃないか!!
これは流石にレジ店員が同じクラスメイトの男子だということに気づいていないのは確定。お客様の趣味にどうこう言うことはないのだが、校内一有名なクラスメイトの好きなジャンルとなると気にするなという方が難しい。
「お預かりいたします」
「・・・」
ピッ、ピッ、ピッ
「お会計三点で、2210円でございます」
「・・・」
八重桜さんは無言で、桜柄のお財布からお金を取りだし、つり銭トレイに置く。失礼ながらも案外かわいい物も身に着けているんだなと思った。
「2500円お預かりします、ポイントカードはお持ちですか?」
聞くと慌てたような素振りでポイントカードをお財布から取り出しこちらに差し出してくる、もちろん無言で。
ピッ。
カードご利用ありがとうございます。290円のお返しと、お品物でございます」
「・・・」
無言で受け取る八重桜さんは心なしかいつもより軽やかな足取りでお店を出て行く。
ウィーン。
因みにさっきお会計したTL単行本タイトルはというと…
「ケダモノ男子と淫らな夜。~イチャイチャトロトロネバネバな三日目~」か。
サブタイトルのトロトロネバネバってなんだよ‼しかもシリーズもので三日目ってことは1、2巻は買ってるよな…
一応俺はそういったもに寛容がある。そもそもちのクラスは女性の割合が高く腐女子とよばれる人たちも少なくない。もちろん男子勢も各々性癖があるし、時には先生含め教室内で堂々とフェチを語りあっていたりもする。あと言わずもがな俺自身もエロいものには目がなかったりするからね。
これは決してジョークなどではなくみんな各々こだわりには熱くて真剣なのだ!絵描きはフェチが強ければ強いほどいい作品ができる。
学校特有なのかもしれないが、それ抜きにしてもそういったものに興味があるのはお年頃の健全な男女なら普通のことだろう。
内容は少しアレだが、おそらく八重桜彩乃のこの秘密を知った者は自分だけだろうという謎の優越感を感じた。
俺、
この時までは…
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