早起きは三文の徳

@edamame050

早起きは三文の徳

雀の囀りで目を覚ます。寝ぼけ眼を二度擦って身体を起こした。差し込む光を追いかけて硝子窓越しに空を見た。雲一つ見当たらない薄ら白んだ快晴だ。
 

 今もすやすやと夢の世界に滞在してる隣人をそのままにゆっくりとベッドから降りて戸を引き、私はサンダルを履いてベランダに出る。
 

 ひんやりとした朝の抱擁に新鮮な空気を取り込めば、早起きは三文の得という言葉に信憑性が増してしみじみと感じれる。
 

 この気持ちを共有したい。そう思った私は美玲さんを起こすため室内に戻るとベッドの縁に腰掛ける。


「美玲さん。起きて下さい。良い朝ですよ」
 

 長い金髪の数本をだらしなく開いた口元に乗せ、快眠真っ只中の彼女の肩を揺さぶる。
瞼を閉じながらも眉間を寄せる表情は、どうか夢という名の海原での航海の妨げにならないでくれと願ってるようであった。 
 

 更に彼女は枕の布地に顔を擦ると完全に外界との交信を拒絶する様を見せる。
 こうなっては仕方ない。本当は美玲さんを起こして一緒に朝の散歩をと予定していたが、一人で行くしかないようだ。


「じゃあ私、着替えますね」


「着替えるなら手伝うよ」


 ガバッと上体を起こすと流れるような早口で捲し立てる美玲さん。 
 

 彼女は欲望に忠実すぎるきらいがあるので、こうして少し刺激すると簡単に釣れる。
だとしても勢いが良すぎると思うが。


「おはようございます。美玲さん」


「おはよう、さらりん。まずシャツから脱ごうか」
 

 朝から元気だな美玲さん。さっきまで私が起こそうとしても起きなかったくせに。
 

 ギラギラと良くない輝き方をしてる瞳はまさに獲物を狙う鷹のようだ。見るにこの起こし方はとても効果的でありながらも、ちょっと身の危険を晒してしまう恐れがあるため、次回からはもっと別の起こし方を検討したほうがいいのかもしれない。
 

 じりじりとベッドから這い寄ってくる美玲さんに猛禽類にも似た感想を覚えつつも、迫ってきたおでこを指で軽く弾く。


「変態」


「あいたっ」

 私たちはジャージに着替えて、外に出ると二人並んで肩を浮かせて息を大きく吸った。


「爽やかな朝ですね。美玲さん」
 

 同意を求めるように美玲さんを見つめる。


「うん。そうだにぇ」
 

 まだ彼女は完全に眠気が無くなったわけではないようで、語尾も少しふにゃふにゃしてる。心なしか瞼も重そうだ。


「近くの河川敷まで行きましょうか?」
 

 河川敷に行けば日の光を一身に浴びれると思い、美玲さんに提案する。


「いいよぉ~」
 

 やっぱりまだ眠そうだ。
 

 目指す道中、当たり付き自販機をみかけ立ち寄ることにした。
 

 何を買うかはもう決まっている。数ある商品の所在を示す印刷されたパッケージから羅列するボタンのひとつを押す。


 ガゴン。取り出し口から熱を帯びたスチール缶を掴む。ずっと握ってなければ火傷はしない程度に熱い。
 

 ランプが数字を表す。7776、期待はしてなかったので、別に気にしない。


「美玲さん。どうぞ」


「ブラックはちょっと苦手なんだよね」
 

 お子様舌の美玲さんは渋面を作るとふるふると首をふる。
 

 せっかく選んであげたのだから一緒に同じの飲みましょうよ美玲さん。と言いたかったところだが、好みの押しつけは良くないので、仕方なく断念する。


「美玲さんはお子様ですね」


「さらりんが口移しで飲ませてくれるなら飲むよ?」
 

 清々しい笑顔で世迷い言を吐く美玲さん。
 

 やかましいなこの人。


「見て! さらりん! 7揃ったよ!」
 

 運良いなこの人。
 



 河川敷へと続く階段を登りきると、お日様の光が全身を余すことなく照らして迎えてくれた。


「目がー、目がー」
 

 隣で両目を覆って身体を左右に振って某大佐よろしくなリアクションを取る彼女。
 

 ジョギングをする人、犬の散歩をする人、道行く人は関わりたくないのか目を逸らしていないものとして扱っている。そんな気遣いをされて当の本人は恥ずかしくないのだろうか。


「恥ずかしくないんですか」


「ひどい! 辛辣!」
 

 どうやら口に出ていたらしい。そうは言っても疑問に思ってしまったのだから致し方ないだろう。
 

 涙目を浮かべて傷心気味な彼女はほっといて、私は土手の坂を転ばないように下った。
 

 河川の水面を陽光が滑るように潜り込んで揺らぎをもって屈折してる。
 

 足下の雑草に隠れた手頃な平べったい小石を拾い上げると後から下ってきた美玲さんの方を向いた。


「水切りしませんか?」


「いいよぉ~」
 

 美玲さんの同意を合図にして早速私は水面から平行な姿勢を意識して低い弾道で小石を放って河川へと上滑りさせた。
 

 小石は回転しながらパシャパシャと水紋を軌道上に作り河川の半分のところで沈んだ。


「記録は?」


「二十一回かな」
 

 よし、結構いい数値を出せた。美玲さんはパチパチと手を小さく叩く。
 

 私は少しかじった水切りの知識で美玲さんに胸を張る。どんなもんですか。


「美玲さんの番ですね。はい、これ」
 

 私はさっき一緒に拾った、角張った少し重量感のある小石を美玲さんに手渡す。


「ありがとぉ~」
 

 美玲さんはニコニコとそれを受け取った。


「あっそうだ、美玲さん。回数の少なかった方が朝のご飯当番にしましょう」
 

 私はさも今思いついたよう美玲さんに告げる。


「いいよぉ~」
 

 馬鹿め、美玲さん。負け戦を自ら受け入れるなんて。
 

 勝負は私が貴女に小石を渡したときにすでに決してるのですよ。
 

 勝ちを確信した私は心の中でほくそ笑み、それが顔に漏れないようしっかりと表情筋に力を入れた。
 

 無知とは本当に罪なんだなと私は美玲さんを哀れむ。
 

 結果なんて見なくてもわかるがせっかく彼女がやる気なんだ、見届けよう。
 

 くくく、だめだ。まだ笑うな。


「いっくよぉ~」
 

 意気揚々と投石した美玲さんのフォームは私より断然綺麗で、放たれた小石は水面を撫でるようにこれまた穏やかな水波を立てて滑走していった。


「記録は?」


「・・・・・・三十二回です」
 

 そんなばかな。


「美玲さん。ご経験は?」


「ないよ!」
 

 ありえない・・・・・・私のちっぽけなプライドはこの時ボロボロと音を立てて崩れ去ったのであった。


「いやー、朝から良い汗かいたね!」


 玄関で靴を脱ぎ、美玲さんとともにリビングへと帰ってきた。
 

 帰って来るなり彼女はジャージを脱いでブラとショーツだけになりソファーへとうつ伏せに倒れた。


「美玲さん。恥じらい」


「そんなもん捨てた~」
 

 まったくこの人は・・・・・・
 

 私がその様を見て呆れ果ててると、まだ何か言いたいことがあるのか彼女は首の可動範囲ぎりぎりまでこちらに向ける。


「朝ご飯できたら起こして~」
 

 それだけ言い残すと美玲さんは事切れたように首をガクンと落として動かなくなった。
 

 自由だな・・・・・・ほんと・・・・・・
 

 朝ご飯はトーストを二枚づつ焼いて、目玉焼きとウインナー、ベーコンを焼き、それぞれ二組皿に乗せた。
 

 美玲さんを起こそうとソファーに近づいた時、のっそりと彼女は起き上がった。
 

 恐らく匂いにつられたのだろう。彼女はほら、欲望に忠実だから。


「出来ましたよ。美玲さん」


「起きた~」
 

 食卓に冷蔵庫から取り出したジャムの瓶、ブルーベリーといちごを並べると二人で皿に乗った朝食を囲んだ。
 

「「いただきます」」
 

 美玲さんはまずはじめにベーコンから手をつけた。それを見て私のフォークに刺さってる食材を見た。ベーコンだ。
 無意識に二人同じものを食べようとしてたなんて、運命を感じる。という感想を抱けば良いのだろうか。


「さらりん、ベーコンに浮気しちゃダメだよ?」
 

 美玲さんは通常運転でまた訳のわからないことを宣った。
 

 浮気するにしても相手は選ばせてくれ。少なくともベーコンはない。


「いや、しませんよ」
 

 ・・・・・・まぁ、美玲さん以外なんてそもそもありえないが。
 

 二人でごちそうさまをすると。私たちはソファーでテレビのニュース番組がやってる朝の占いを見た。
 

 おとめ座は一位で、やぎ座は最下位だった。おのれ、美玲さん。

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