第10話 「嫁」か「婿」に出す気持ち。
「おい、なんかもう一個大きいのが届いたけどダイジョブか?」
「うーん……、大丈夫。今度まとめて取りに行く……」
¥180,000で、買えちゃったよ。……水銀燈。
目、綺麗なんだろうなあ。
俺は休日出勤を戦い抜いて、荷物を取りに行った。
「何買ったんだ」
親父が笑いながら聞いてくる。
「いや、なんつーか、その、フィギュアなんだ。実は」
嘘をつくのは心が苦しいが、切り抜けたいし、借金のことばかり考える毎日も健康上良くない。
「親父、ごめん、お金貸してくれる? ……母さんには内緒で……」
「この間、通帳渡したべ。カードも」
「いや、二十代の無謀というか、欲しいものに使っちまって。いま、すかんぴん」
「ばか。むかしのおれかよ」
と、叱りながらも内緒の共有に嬉しそうな父が優しくて胸が痛い。
「いくらだ?」
「次の給料日まで、一日千円として、いや、……十万……」
我ながら嘘がつけない。どうやっても家賃やら元から買い物していたものをカードから引かれたら10万円は必要だ。断られたら飢える。
なぜならもう、ネットオークションの取引は受け取りの通知を相手に送ってしまったからだ。金も払った。
「いいぞ。明日銀行から下ろして、いや、今日でもいいな、わかった」
「……ありがとう。いいの?」
「返す気があるんだろう?」
そこで言葉に詰まった。
自分の給料は結構低い。返す気はある。でも、30万と18万。50万近い。
自分は泣きたくなるような、でも返す気がないと思われたような気がして怒りたくなるような、でも借金がデカくていっそ打ち明けるかの、みっともない面をした。
「……うん」
「よし、待ってろ」
それから、俺は実の親にまで借金した。
「58万か……」
実感がない……。
四捨五入したら、100万円……。
「……」
そう捉えたらいきなり、具合が悪くなりそうな、やっぱり開き直って平気なような。
とりあえず。
「俺、ドール2体所持してるんだ……」
喜びも驚きもなく、アパートの部屋でベッドの上に寝転がりながら頭の後ろで手を組み、枕にして、じっと、実感、を待つ……。
「なんで手に入れたんだ、いまさら俺……」
買い物に後悔はなかった。
YouTubeを開いて「ドール お迎え」とか入力してみる。
すんげえ、長くて細い箱に大きな人形が入っている開封動画を見てみる。
『がんばってはたらいて、よかったあ〜!!』
動画の主が心から感嘆と興奮とを噛み締めた。
至極の一言を漏らす。
……俺は何をやってるんだろう。ボーナスも貯めないで、人から借りた金で趣味なのかなんなのか、思い出を手に入れた。
ふつうは、働いて、手に入れるもんだよな。
俺もそう思ってた。欲しいものは貯金して買う。
「開けてみるか……」
動画でドールの組み立て方も見たが難しかった。
……自分でグラスアイ? アクリルアイ? 目を固定すんの? むずしくね?
衣装も着せ方むっず。
まだ開けてもいないのに動画を眺めながら落ち着いている自分がいる。
「この先悩むだろうけど……、大切にするか。いつ組み立てよう……金のことは、毎日考えよう。きっと、みんな毎日そうだ……」
悩みが違うだけで。
「とりあえずドールの持ち主たる人間の俺は健康で働き続けて、無遅刻無欠勤! 皆勤手当に残業! やれるだけやるか! 2年くらいで、返そう! タバコとアルコールは、なんか量が少しだけ減ったし!」
俺の人生、これから寝ても覚めても借金だけど、今月も、来月も、がんばろう!
風邪なんか引くもんか!
「親父に金借りたのが、1番堪えるな……」
親父の楽しそうな顔が浮かぶ。
「いくらしたんだ? 1万か? ……2万か? 10万はだめだぞっ」
そう笑いながら笑顔で秘密を共有して金を貸してくれた親父。
ごめん、親父。四捨五入したら100万の借金なんて、言えない……。
更には動画を見ていてリキャストドールなるものや海賊版もあると知って困っている。
「こんなに借金して、大枚はたいて買ったもんが、偽物、贋作だったら……」
怒りはない。既に開封して中身を見ている。
「……ほんものでありますように……」
俺はその後、ドールにどっぷりハマってしまい。
もう1体お迎えして、借金が80万くらいになる。
収入の三分の一が借金なら、借金地獄らしい。
でも、もう満足してしばらくはネットオークションはいいや、と思っている。
人形のサイトを見ても、我がアパートにいる自分の子たちというか、「娘」がかわいい。
「偽物だったらがっかりだけど、大事にするな、お前たち……」
やがて、月日は流れ……。
10年後。
オークションに、経年劣化の進んだ、ドールの1体を出品した。……一応落札した時は心臓が飛び跳ねた。また、借金してしまった、と。人生で最高額の出費をした。
銀行窓口で直接振り込むのってドキドキするのな。
自分はこのまま借金地獄か……。
そう思うと煙草も上手く無くなったし、食うものばかりに金を使ってアルコールで飲んだくれて寝る、という生活をして。毎月数万円返済に充ててコツコツ返していく生活を続けた。
そうして、返していくはずだった……。
とりあえず親父から借りた金だけでも……。
分割払いにさせてもらった。
俺は33歳のニートだ。
今までずっと手放さなかった「お宝」、というとルパンや怪盗キッドみたいでワクワクするが。手放していいものか迷う。
「このドール、販売証明書がないんだよなあ」
とある会社で人気の少年モデルのドールだ。それも、限定。世の中に何体いるのかは知らない。
あのネットオークションとドールの沼に囚われた俺は「娘」だけでなく「息子」も欲しいと感じたのだ。
ノークレームの、ノーリターン、か……。
そう記載しているのもアリなのか?
俺のコレクションが本物か、贋作なのかはさておき。
俺は拙い知識と口座を登録したりして、「息子」を出品した。
〈スペシャル限定ドール 光源氏 開封品〉
出品、っと、待て。その前に、よく考えろ。
……偽物だったら罪に問われるらしいし、中古品だし、衣装も埃や劣化が見られる。
〈経年劣化あり。10年前に入手したものです。衣装などにシミ、埃も見られます。画像にて確認の上、大丈夫な方はよろしくお願いします〉
もう少し詳しく書いておいて、目標金額を強気の100万円にしてみる。
はじめは20万円代、オークション終了まで1週間。ぼんやりとチェックしていたら、最終日。急に40万まで上がった。
「!!」
俺の心に「お小遣い」という言葉が浮かぶ。
実を言うと人気のドールなので各所で査定してもらったが、借金を返し切る金額にはならなかった。
あの頃をチャラにしたい……。
でも、売りたくない。
迷い続けて、10年……。
なんでだろう……。
「愛着か……」
そっか。俺。手放したくなかったんだ。
でも、今は入札と最高落札の金額だけを期待している……。
とうとう50万まで出す輩がいる。
ばかめ、こっちは本物かどうか俺ですらわからないのに……。
60万。
ここまでいくと、夢物語で怖くなる。
急にみんな辞退して、入札を取り消したりしないでくれ……!
そして、
「70万!!」
満足だった。
いや、まだ足りない……。
100万、100万は欲しい。いけ、いけ!!
オークションの終了時間になった。
「70万かあ……」
借金地獄を生きてきたニートにとっては、よくわからない空虚さがあった。満足感は、ない。
「まあ、でも、……」
梱包準備、付属品の最終確認、取引の連絡、まるでかつての俺の反対側からの視点。
「とりあえず、可愛がってやってください……」
読んでくれてるんだ。借金奮闘ゼロ思考。 明鏡止水 @miuraharuma30
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