第6話 初恋の相手の脳を焼き付けて
「愛。愛は、僕の何が欲しいの?」
「響のが欲しい、響の全部が欲しいの。お願い、どんな恥ずかしいことでもするから、私の事愛して?
響の言うとおりにするわ」
外出から戻った響は、淫靡で恐ろしいアンドロイドに向き合う。街で愛と同じ型番の、同タイプのアンドロイドを幾つも見た。
しかし、そのどれもが、響にはつまらない存在に思えた。
「僕の言うことに、すべて答えられるか?」
「なんでも応えるわ。でも、痛いのは嫌なの。優しくして。初めてでも頑張るから。お願い、嫌いにならないで。全部響の言うとおりにする」
愛は響と、いつも真正面から向き合ってきた。しかし、愛の要求はおそらく性的なものだ。理想のアンドロイドを作って欲しいという、父の友人にも会ってきた。
そちらは機械仕掛けの酒池肉林で思わず吐き気がした。父である響の話を聞いて改めて思う。
響は、ずっと。
「僕は、心のどこかで、父親が憎かった。散々ゲームで負かされて、父親らしいことなんてしてくれないと思ってた。でも、嫌いじゃなかった……。僕にはできない、持てないものを持っていた。それは、たとえば。子を成したこと……」
僕という、生まれつき欠陥のある人間を。
「生まれたのも生かされたのも事実なら、せめて、遺品くらいは大切にしてやりたい」
「遺品とは、私の事と思っていいの? 響」
響は驚く。
「そんな察知や感情、文脈の読み取りや想像ができるのか」
「いいえ、響。単純な事よ。望から響への遺品は私だけ。だから私のことかと聞いたのよ」
目の前にいる存在が、ひどく、遠くて、それでいて……。
「……愛は、望は抱いてくれなかった、って言ったよね」
「言ったわ。私は愛されたかったけれど、望は響を楽しんでいた」
父親は、自分で、遊んでいた。
父親らしいことはしてくれなかったが響・ディックの真意は。
「本当は、生命なんて欲しくは無かったんだ」
父親は、望という、一人の人間は。
偶然発生して細胞分裂していった、自分のことなど、愛していなかった。
ここで終わりにしろ、そう言われている気がした。
いいだろう。
「愛。君を愛するよ。調べたところ、君と擬似〈性行〉できるようだしね。もういっそ事故で死んでも本望だけど、僕のをたいせつに包んでくれるんだろうね?」
「包むって、私が響を飲み込んでもいいの?」
愛は、その愛らしい瞳を大きく広げて不思議そうに聞いてみる。
全部、プログラムだ。愛情や感情があるわけじゃない。
「そういう、表現もあるのかもね、まあ、とにかく、僕もずっと病気で人並みに遊べなかったし、君で〈練習〉して、〈本番〉は好きな子とやるんだ」
響は、せせら笑うような表情でなるべく悪い印象を与えられるように言ってみる。
「え?」と愛が表情を無くして、虹彩を暗くする。
そして、一筋だけ、涙を流して。
「響にとって、……私はオモチャなの? 私、響と繋がりたい。響を、響と幸せになりたい……。響は私の事を愛してくれないで、私を抱くの?」
悲しみの声音でアンドロイドは呟いた。
響も、なぜか、辛い気持ちを少しだけ感じながら。
「ほら、いつものが欲しかったんだろ? 僕の指が」
愛は差し出された手をじっと見る。
沈黙が続いた。通常のアンドロイドならば故障を疑うところだが、やはり、愛には秘密がある。
「君は、愛。望の初恋の相手の脳をスキャンされた特別機体だ」
君の稼働は心臓の音 明鏡止水 @miuraharuma30
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