第4話 耐えられない、恋心になる前

鮮やかな、花々。

咲き乱れてカーテンのように揺れる。

幻想的だが香りに酔いそうな、場所。


それよりも、その男性は森や林が好きだった。


母親は科学者だった。

父親は母親よりも頭脳明晰だが、学問には励まず遊んでばかり。


家のど真ん中で市販の打ち上げ花火をあげたり、アリの巣を埋め立てたり。

男性、つまりは自分の息子をからかっていじり倒していた。


男性の父は、チェスも将棋も囲碁もオセロも強い。

強い、というより、ゲームの進め方では、どんな打ち方、差し方もしてくる。


千差万別の、人格が千人くらいいて、それでも駒を動かすのは紛れもなく、この遊び人その人なもんだから、時に指導碁、時に瞬殺。とにかく狡賢く連勝する。

完全に、息子たる男性は父に敵わなかった。

それでも、反発こそすれ、父を嫌ってはいなかった。憎んではいた。それでも。

一族の恥を、いちいち気にしてはいられない。


そんな父親が、唯一。

人生で一度だけ、息子にプレゼントをした。

広く流通していた、少女の姿をしたアンドロイド。

独自に目元のツリ具合や、唇の色合いはカスタムしてあった。


まもなく、父親は癌で死んだ。四十代だった。

アンドロイドは父親の持ち物だった。

持ち主の死に、アンドロイドは生理食塩水の涙を流して悲しく鳴いた。


母は研究に夢中だった。全く、悲しんでいなかった。


息子は父の遺品を持て余していた。

日々涙に暮れる機械に、どんな言葉をかけて、どんな気持ちを抱けばいいのか……。


「あなたは誰? 望と似てるわ」


黒い喪服に白い四肢の彼女と、どう接したらいいか。


「僕は、君の今の持ち主。前の持ち主のノゾムの息子だよ。名前は響」


「あなたが私の持ち主ね、なんて呼べばいいかしら。ご主人様」


「ヒビキでいいよ。短くて楽だろ」


「そう。響。あなたは私を抱いてくれるの?」


響は言葉を失った。


「ノゾムは私を抱いてくれなかったわ。ねえ。私。うんと寂しいの。響、抱いてちょうだい」


響は、断った。

どうして二十歳過ぎてまでお人形さんを抱きしめなければならないのか。


「ねえ、抱きしめて。怖いの。響も死んでしまうの? ひとりにしないで、なんでもするから……」


そう言うと、アンドロイドとは思えない精巧さで泣き顔を作っていく。途端に溢れる涙の量は、貯水タンクを空にするだろう。


「……、死なないよ。母さんが研究で作った人工心臓で僕は百二十歳まで生きられる。資金は世界的に有名な財閥出身の父が出したんだ。僕は、親から生まれて生かされてる……」


「私も『生きたい』。ねえ、愛して? 教えて? 私が一人じゃないってコト。私の事好きにしていいから、抱きしめて、響」


「どんなプログラムだよ、アイツ……」


家の、敷地内の、小さな森で。


男はアンドロイドを抱きしめた。


温かくて、


「……! 心臓の、音がする……」


通常のアンドロイドにはない心音機能だ。

抱きしめながら、質問する。


「君の名前は? イヴとか?」


「響が付けて。前の名前は×××。お願い、私を響のものにして」


そうして、アンドロイドの〈少女〉は響に口付ける。


「!」


「私は響のために〈生まれて〉きたの。たくさん、私の事愛して、注いで? あなたの愛を」


私だけの、あなた……。

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