第十一話 反撃の時

 キヨは青年と並んで、扉の影にしゃがんでいた。狭い階段で出くわすと不味い。隠れて、やり過ごしたほうがいいとの、彼の案だった。

 行きよりも荒々しい足音が、ぼやぼやとした灯りと共に近付いてくる。

 何も知らないまま、独り言を続けていた都路が、口を噤んだ。

「ほら、持ってきたよ。足枷ぐらい嵌めたんだろうね」

 無言のまま、そっとその背を押すことで、青年はキヨを促した。二人は、苛々と入口を潜ってきた如月の背後を、中腰のままで通り抜ける。

「眩しいよ、如月さん」

 闇の只中にいた都路には、蝋燭の光は強い。反射的に眼の前に手をかざす。

「――ちょ、ちょっと! あの子はどこだいッ」

 如月の金切り声。

「走るんだ」

 青年がキヨを促した。

 階段を昇りきると玄関へ――と、こっちだと青年がキヨの手を引く。

「二階へ」

「二階?」

 それは、追い詰められたら逃げ場がないのではないかと、幼い胸にも疑問が浮かぶ。しかし青年は、キヨを引き摺るようにして階段を駆け上がる。

 この先には華子の部屋がある。

 ――華子様!

 もしかして、と、キヨは胸をときめかす。

 彼は華子も連れ出し、キヨと一緒に逃がしてくれようとしているのではないかと。

「待てぇ!」

 如月の怒号。

 だが、階段の青年を認めると、激しく狼狽した。

「アンタ、どうやって――?」

「あの程度の縄で、どうして敵を放置できるのか疑問だぞ。第一、鍵が掛かってても、窓を破れば済むことだ。見ろ、お蔭さんで、こうしてここにいるじゃないか」

 青年は立ち止まる。

「相変わらず、ツメが甘いぞ。そもそもナイフで一突きにしておけば、済んだことだ。ふん、まだお前、諦めてなかったのか」

 そして振り返りざま、如月に向かって銀色に光るものを投げ下ろす。

「!」

 素早く袂で顔を庇いつつ、如月は身を躱した。

「何だ? ――ナイフは全部取り上げたのに」

 その隙に、二階へと。彼の黒い上着は……、よく見れば上着だけではなく、その全身は泥に塗れている。

 青年は、ここに隠れているんだ――と、キヨをバルコニーの陰に座らせた。

 その先の廊下は停電のせいで、真っ暗だ。鎧戸は、余程しっかりとした作りなのだろう。

「お前、頭悪いな。投げられるのはナイフだけだなんて、どうして思えるんだ?」

 うんざりした口調で叫び返すと、如月に向かい堂々と姿をさらす。

「これ、見てください。ぼたんですよ」

 忠義面をした都路が、足元のそれを拾い、如月に差し出した。

 汗ばんだ分厚い肉の中心で、銀色に輝くそれは――黒衣の青年の上着の釦だ。

 たかが釦!

 如月は、己に飛んできたものを刃物だと信じ、あのように狼狽うろたえたざまを晒したことに赤面する。

「ホ、ホホホ、味をやるわね」

 やっとそれだけ言うと、まだ同じ姿勢で顔色をうかがっている都路の手から、袂で釦を叩き落とした。

 キヨはそのやりとりを覗き見ながら、次第にじりじりとした気持ちになっていった。こうしている暇に、華子の元へと向かいたい。差し迫った危機が去ったような今、華子のことが心配で堪らなくなっていた。

 この騒動は、華子の耳に届いているのだろうか。

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