コーヒーと花

春野訪花

コーヒーと花

 青い花が飾られている。名前も知らない。だけど、鮮やかな青だ。

 ダークブラウンの店内に、それは目立つようにも、馴染むようにも思えた。

「――それで、さ……」

 躊躇いがちに、向かいの彼が口を開いた。

 分かっているなら言わなきゃいいのに。

 なんて、思ってもしょうがないことを思う。

 仕方のないことだ、なんて、理解しても思えはしないことで口を閉ざした。

「別れて、欲しいんだ」

 分かっていたことだった。そう告げられると。そのために、この喫茶店に呼ばれたことを。だけど、彼は覚えているのだろうか。ここが、二人で、恋人になって初めてきた場所であることを。

 ここの珈琲が美味しいと貴方が誘って、私がそれに乗って、一緒に同じ珈琲を頼んで、美味しいねと笑い合ったのを。

 木製のテーブルの上には、あの日と同じように珈琲が二つ。カップに描かれた鮮やかな黄色い花が、突き刺さるように目についた。

 私は自分のカップを手に取る。

 彼におすすめだと言われた飲み方。砂糖だけが入った、茶色いままの珈琲。

 まだほのかに湯気と香り立つ、それに口を付けて、あの日と変わらぬ味で口の中を湿らせた。

「分かった」

 本当ならもっと別の言葉を言ってやりたかった。それは別に、どうしてと責めるような言葉ではなかった。もっと適切な言葉があるような気がしたのだ。でも分からなくて、素っ気ないような返事しかすることができなかった。

 だけど彼は、そんなこと気にした様子はなかった。むしろ、ちょっとほっとしたようでもあった。断られると思っていたのかもしれない。

 彼はまだ手つかずだった珈琲に砂糖を入れた。スプーンでかき混ぜる。かちゃかちゃ、と微かに音がした。緩やかに、スプーンが止まる。

「その……ごめん」

 酷い人だ、と思う。

 ――だからこそ、愛しい人だ、と思った。

 再び珈琲を飲んだ。

「うん。……大丈夫」

 また言葉を探して、見つからなかった。けれど、さっきよりもマシな言葉を選べたような気がして、ほんの少し肩の力が抜けた。

 ――茶色い珈琲に、テーブルに飾られた青い花が映り込んでいた。

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コーヒーと花 春野訪花 @harunohouka

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