第9話 扉

「不安にさせるようなことを言いましたが、大丈夫です。こちらが普通にしていれば、ご主人様も普通にしておられます」

 午後七時四十五分。ロボットが廊下へと続く扉に手を翳して開けながら、『一輪の白桜』の顔で微笑む。

 会話はしなくていい、ただいるだけでいいとも言われているが、不安でしかない。

「ああ、そうです。ご褒美ほうびを用意しましょう」

 ロボットは佑を連れて廊下へ出ると、後ろ手に扉に手を翳して閉める。

 部屋と同じ色の廊下の左右には、ロボットと佑が出てきたのとそっくりな扉がずらりと並んでいる――。

「ここには他のロボットたちも待機しています。向こうから――」

 ロボットは廊下の右手、廊下の出口らしい四角形がある側に近い扉から順番に指を差していく。

「一号室にはロックミュージシャンの須藤すどう岳人がくとさんの形をしたロボット、二号室には音楽ゲームキャラクターの篠塚しのづかヨツバさんの形をしたロボット、三号室にはソロシンガー、ダンサーの浦澤うらさわケントさんの形をしたロボット、そしてここ、四号室は私と佑さん」

 ロボットが背後を指差した先を見ると、扉の四角形の上部に、薄く『4』という文字が彫られている。

 ロボットは、佑が四号室の扉を眺め終えるのを待ってから、次の扉の説明を始める。

「――五号室にはソロシンガーのアイミさんの形をしたロボット、六号室には音楽アニメキャラクターの布合ふあい胡鶴こつるさんの形をしたロボットと、檜皮ひわだ十柴としばさんの形をしたロボットがいます。七号室から十号室は空室です。一部屋に入れるのは二体までです。六号室の二体のモデルとなったキャラクターは、本来はデュオではありませんが、ご主人様が勝手に組み合わせました。女性型のロボットは、アイミさんをモデルにしたものだけです」

 そこまで説明すると、ロボットは『三時のおやつ』の表情を浮かべて佑に視線を合わせる。

 ――伊吹も佑と話すとき、こうして身体を屈めてくれた。しかし、その顔はいつもきょとんととぼけていて、バカみたいだった。

「顔合わせが終わったら、ロボットたちと話してみませんか。その部屋に集まって」

 そう言うとロボットは、六号室の前にある、『マル』の印が彫られた四角形を指差す。

「ここにいる七体のロボットは普段、インターネット回線を通じて連絡を取っていますが、時には顔を合わせます。それは、複数のロボット同士での会話や表情のやり取りを調整するためであったり、合奏の響き具合を確認するためであったりします。ええ、私たちはモデルとなったミュージシャンのかた同士に関わりがなくとも、共に音楽をかなでることがあります。なのであの部屋は、ご主人様とお話したり、ご主人様に演奏を披露したりする部屋と同じ設計になっていて、七体のロボットと一人の人間が集まっても余裕があります。私とばかり話していても気が滅入めいるでしょう。いかがでしょうか」

「ああ、まあ、そうだな……」

 他のロボットと話すことで、何かが得られるかもしれない。――『何か』が何なのかは分からないが。

「では、顔合わせが終わったら。はい、了解が取れました。皆さん、集まれるそうです」

 ロボットは一瞬で他のロボットたちと通信をし、『晴天のピクニック』の顔で微笑むと、佑を案内して廊下の出入り口へと向かった。

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