第7話 満たすもの

「今回はカジュアルなお茶会のお呼び出しでした」

 三十分ほどで戻ってきたロボットは、Tシャツを脱ぎながら喋る。

 ――Tシャツの下はあまり伊吹に似ていない。あまり筋肉が無いという大まかな体格の特徴は似ているが、まるで教科書の『人体のしくみ』のページの『男性のからだ』の図を立体に起こしたような形だ。よく見ると、手には胴体よりも伊吹の個性が出ているようで、ペンとマイクのタコをしたらしい凹凸おうとつがあるが、それでも顔よりは似ていないし、本物のタコがあるはずもない。やはり、ロボットは伊吹ではないのだ。

「ダージリンティーを、クロテッドクリームを乗せたスコーンと一緒に頂きました」

 佑には、ダージリンティーをクロテッドクリームを乗せたスコーンと一緒に頂くお茶会が『カジュアル』なのかどうかは分からなかったが、寝すぎてもう寝ることもできず、ロボットの話を聞く以外にすることがないので、適当に聞いておく。

須藤すどう岳人がくとさんをモデルにしたロボットとアイミさんをモデルにしたロボットも一緒でした」

 ――須藤岳人は現役のロックミュージシャンで、アイミは一昨年急逝きゅうせいしたソロシンガーだ。

「ご主人様はミュージシャンをモデルにしたロボットを蒐集しゅうしゅうするのがお好きです。モデルのミュージシャンの楽曲をカバーさせたり、そのミュージシャンが作りそうな楽曲を生成させて演奏させたりします」

 表現者自体のコピーに、データでしかない音楽の享受――。

 それに対する感情的な嫌悪を除けば、伊吹の形をしたロボットは主人の数多くあるコレクションの一つ、そう思うことで、頑固に浮き上がる軽石の密度が少し増し、安定し始めたように感じられた。

「見てください」

 いつの間にか、溝の入った白い壁をぼうっと見つめていた佑は、反射的にロボットの方に向き直る。

「人間は皆さん、興味を持ちます。私たちロボットが食事の真似事まねごとをした後、ボディに入った食べ物がどうなるのかについて」

 そう言ったロボットはくるりと後ろを向き、背中に手を伸ばして肩甲骨の下の辺りに指をかける。すると皮膚パーツの表面に円形の溝が現れ、円の内外の水平位置がずれていって、マンホールのふたが開くかのように円が外れる。

「そこ透明にしなくてもいいだろ⁉」

 皮膚の蓋の下に現れた透明の窓ガラスとその向こうのぐっちゃりを見て、佑はつい思い切り突っ込みを入れてしまう。随分と久しぶりに大声を出したので、喉のどこかがどこかに外れた気がした。

「この方が人間の皆さんの知的好奇心を満たせますし、汚れや異常を見つけやすいのです」

 ロボットは淡々と説明すると、壁を埋める四角形のうち、折り紙だいのものの一つに手を翳して扉を開け、その中からホースのようなものを引き出すと、背中を壁に向けて背中の窓とホースを接続する。

「んでホースも透明だし……!」

 ダージリンティーとクロテッドクリームとスコーンがぐっちゃり混ざったものが、ロボットの背中からうるさいバキューム音と共に吸い出され、視覚的不快感の高すぎる様相をさらして透明なホースの中を流れていく。

「ホースもこの方がメンテナンスしやすいですから」

 ロボットは背中から汚いものを吸い出されながら、『青い星の夜』の表情で言う。

「この食べ物はできる限り少ないエネルギーを使って肥料等へと再利用されますが、やはり食べ物としては無駄になってしまいますので、私たちは必要以上の量は食べません」

えずホースがこっちに見えないように立ってくれ」

「はい」

 素直に頷いたロボットは佑に正対せいたいする位置に立ち、自分の身体でホースを隠す。

「こっち見んな」

「はい」

 後ろから中身を吸われながら無表情で佑を凝視していたロボットは、佑の左後ろの壁の四角形に視線を移す。

「佑さんはロボットやその生活に興味があるんですね」

 ロボットはホースに繋がれ、佑の左後ろを見たまま、『白百合の朝』の表情を浮かべる。

「ねえよ」

 何をどう誤解したんだか。

「佑さんが、沢山たくさん喋ってくださいます」

 バキューム音の中にじゃばじゃばと騒がしい音が混ざり始めたことからして、食べ物が入る容器の洗浄がスタートしたらしい。

「気持ち悪いからだよ」

「そうですか、そうですか」

 ロボットは一人で頷きながら、あはは、と笑い声らしい笑い声を上げた。

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