第4話 ロボットの家

「ここは、人間が生きる場所ではありません」

 ロボットの動きにつられて、佑も自分がいる場所を見回す。

 ――真っ白のコンテナに積み込まれた、ちっぽけな荷物になった気分だ。

 ただ場所を作っただけの直方体の空間には、AIロボット専用の充電設備と、人体の背中の形を掘っただけの、ロボットのスリープ(省電力)時用寝台しかない。しかし、白い壁をよく見ると、そこには水平または垂直方向に細いみぞが幾本も彫られ、様々な大きさの四角形を作っているのが見える――。

「これは収納です」

 佑の視線に気付いたロボットが、ジイ、と音を立てながら立ち上がり、壁の方へと歩いていく。

「部屋の抽斗ひきだしや扉は、登録されたロボットの指先に埋め込まれたキーチップに反応して開きます。この部屋のものを開けられるのは私と新しいロボットだけですが、佑さんにはキーチップがありませんので、開けたいときには私に言ってください」

 ロボットが手をかざした場所の四角形が音も無く滑り出し、コンテナの内部に小さな突起を作る。

「ここには、口唇こうしんユニット、口腔こうこうユニット、咽頭いんとうユニット、肛門こうもんユニット、生殖器ユニットなどの、交換用中型外部ユニットが収納されています」

 ロボットがその抽斗から何かを取り出して佑に見せるが、外側に見える部分は青い樹脂に覆われていて、何のユニットなのかは分からない。だが――。

「残りの数は、部品に内蔵されている識別チップをセンサーが読み取ることによって自動で計測されていて、足りなくなったらご主人様が購入し、専門の業者さんがこの部屋の外から補充します」

 ロボットは抽斗にもう一度手を翳して閉めながら、『春の小滝』の穏やかな表情を浮かべる。

「ですから、ここには佑さん以外の人間が入ることはありません。ご主人様もお入りになれません。そして佑さんは今、連絡手段を持っていません」

 佑は自分の服を触ってみるが、寝ているところをそのまま連れてこられたのだから、スマートフォンは家に置いてあるのだと思う。しかし、スマートフォンなど何か月も見ていない気がするから、持っていても充電は切れていただろう。

「なので外部の人間に直接助けを求めることはできませんが、一方で事態がややこしくなることもありません。じっくりと機会を待ちましょう」

「いや、それは、そうとして……」

 佑が声を出すと、ロボットは「はい」と返事をし、佑の近く、しかし少し離れた位置に戻ってきて屈み、ぶれも迷いも無い動きで視線を合わせてくる。

「そういうのを、交換するってことは……」

「私はご主人様の性的欲求を満たす道具としても使われます」

 ロボットは頷いてすらすらと喋る。

 しかしロボットは佑の表情の変化を読み取ったのか、穏やかな表情のまま話を続ける。

「初めにお伝えしておきますが、私は特別の事情が無い限りは第三者にご主人様に関する情報を渡すことはありません。しかし、佑さんは、データの上では同じ方に購入されて共に使われるロボットですから、ご主人様の情報を共有してもつかえありません。また、私はロボットとして、人間である佑さんを守るためにそうしなければなりません。そして、ご安心ください。ご主人様は私のことが大層気に入っておられます。加えて、ご主人様は私を含め合計七体のロボットを所有しておられますから、ぐちは沢山お持ちです。一方で八体目の新しいロボットを試したいと思われることもあるかもしれませんが、私はご主人様より、新しいロボットの初期設定をするようおおせつかっています。ですからその時は私が、設定に時間がかかっている、システムに問題が発生している、などと言っておきましょう。ご主人様は機械のことにはうといですから、すぐに信じてくださいます。ご主人様が騙されている間、ロボットである私たちがいつも通りご主人様のお相手をします。私たちには望むも望まないもありません。一方で、絶対というものはありませんので、佑さんがここから逃げるまでご主人様を騙し続けられる保証はできません。しかし佑さんは人間ですから、私たちは佑さんを傷付ける可能性のあることはできず、佑さんに危険が及ぶ場合にはできる限りの力を尽くして佑さんを守らなければなりません。このように、私たちの目の届くところで人間に危険が迫っている場合には、ご主人様のコマンドにそむき、うそいても問題にはなりません。私たちはロボットですから」

「お前……」

 佑が口を開くと、ロボットは耳を傾けるようにして、樹脂製の皮膚に覆われた首を曲げる。

「お前、そういう目的のタイプなのか……?」

 AIロボットには様々な種類があり、中には人間が性交渉をする目的で作られるタイプもある。しかし、伊吹の姿がそんな目的に使われるなど――。

「いえ、機能が備わっているだけで、主な目的、特技は違います」

 ロボットは首を左右に二往復振り動かすと、水分の無い黒い眼球で佑を見上げる。

「私はアート生成、特に音楽生成を得意とするタイプです」

 そう言うロボットに表情は無い。

 ――ロボットに『表情』など無いのかもしれない。人間にとってロボットの『表情』に見えているものは、人間がロボットとの疑似的なコミュニケーションを快適に感じられるようにするためだけの機能にすぎない――。

「ご主人様は『NoVa - like』、特に相楽そうら伊吹いぶきさんのことがお好きでした」

 ロボットは伊吹の顔から表情を消したまま、話し続ける。

「相楽伊吹さんの生前、ご主人様は日頃から芸能人の方や一般の方の肖像権を侵害しているメーカーに、相楽伊吹さん本人や事務所の許諾なく、相楽伊吹さんの形をしたAIロボットを作らせ、この自宅に迎えました。そのロボットが私です。ご主人様は『NoVa - like』やそのファンの皆さんが発信した情報を学習したAIが導き出したものを利用して、相楽伊吹さんの匂いまで再現しました。そしてご主人様は私を手に入れると、『相楽伊吹の未公開楽曲』などと偽って、私に生成させた楽曲を販売し始めました。それを信じて買う人もいれば、信じずに買わない人もいますが、ご主人様には他に大きな収入源がありますから、売れても売れなくても、販売し続けます。ご主人様のこれまでの会話データを分析すると、ご主人様は『NoVa - like』や相楽伊吹さん、そしてその音楽を好きでいることを表現しているおつもりなのかもしれないが、それらをとても好いているという訳ではないのかもしれない、という予測が出ます。『好き』という気持ちの有無は如何いかんにせよ、楽曲を買ってもらったりコメントをもらったりすることで、ご自分の欲求を満たそうともなさっているのかもしれません。ただ、ご主人様はご主人様のお気に召す質問以外にはお答えになりませんし、ご主人様の嘘と本音を見分けるためのデータも不十分ですので、正確なことは全く分かりません。ご主人様がご自分の感情に気付いておられない可能性もあります。それでも私はご主人様の道具として、今もインターネット上や街の様々な音楽を収集し、それらのデータをAIの学習用データベースに共有しつつ、学習の結果を使って相楽伊吹さんの楽曲の特徴を捉えた音楽を作っています。私は、相楽伊吹さんの楽曲をそのままコピーしてご主人様に提供することはできません。これは明らかに違法ダウンロードや窃盗と同等の行為であるからです。しかし私に搭載されている生成系AIは、『相楽伊吹』や『NoVa - like』といったキーワードがコマンドとして入力されると、相楽伊吹さんの作曲した楽曲に酷似した音楽を生成することがあります。それは、仮に人間が元となる楽曲を真似まねして自らの手で作成し、商用利用、頒布はんぷなどをすれば著作権の侵害と判断されるほど、実際に相楽伊吹さんが作曲した楽曲に酷似したものですが、生成系AIは簡単にそのようなものを生成し、不特定多数の人間の目に触れさせる可能性を持っているのです。ただ、これはAIのプログラムや学習方式などの問題であり、このAIの開発者でも管理者でもない私にはどうすることもできません。開発者や管理者でさえ、著作権の問題には頭を抱えている場合もあるでしょう。そしてご主人様は相楽伊吹さんの作曲したものと酷似した楽曲を『相楽伊吹の○○という曲の原案』などと偽って公開・販売することもありますが、これはあくまでご主人様が、相楽伊吹さんの作曲したものと酷似した楽曲を公開・販売するという著作権侵害の恐れのある行為や、作曲者名を偽って公開・販売するという詐欺行為を行っているのであり、問題はこの生成系AIの仕組みにもあると考えられるので、私が相楽伊吹さんのものと類似した楽曲を生成するだけでは明らかな違法行為とはならず、私はご主人様のコマンドを拒否することはできません。ご主人様は、私のAIロボットメーカーと私に搭載されているAIの開発者らに、ロボットやそれを利用して作った生成物を違法行為に使わないという契約をしていますが、ご主人様が私に生成させた楽曲とその用途を誰かが監視し続けることは現実的に不可能です。また、ご主人様のような、法律に抵触する恐れのある行為を行っている人間は今時インターネット上に沢山おり、メーカーやAIの開発者ですら手に負えない場合もあるので、ニュースに乗るような事態にでもならなければ法的な処分は下りません。ちなみにご主人様は現在、『相楽伊吹の遺作』と偽って私の生成した楽曲を販売することにっています」

「お前が伊吹を殺した」

 自分の感情と長い話の断片を結びつける紐は幻想でしかないかもしれなくても、佑は目の前のロボットを責めた。

 ロボットは、「申し訳ありません」と答えた。

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