第3話 ロボットと人間
《大成功に……》
「毎回毎回大成功って、お前はお気楽すぎんだよ」
伊吹はいつも、ライブの前には大成功にしようねと笑って、ライブが終われば大成功だったねと喜ぶ。どんなにコンディションが悪くとも、どれだけ大きなミスをしようと、伊吹は笑う。――昔の伊吹は。
嫌だ。思い出したくない。
だが、夢の中でだけでも伊吹に会えるなら、もう少し話していたい。
「……いいよ、無理に元気なふりしなくて。伊吹の音楽を知りもしないで文句言う奴は、俺が殺しとくから」
「佑さんは口が悪いです」
「伊吹は優しすぎんだよ。バランスだ、バランス」
「佑さんは優しいです」
「気持ち
「佑さん、これは夢ではありませんよ」
「……ああ、そう」
佑は再び目を閉じて、乾いた息を吐く。
何となく覚えている。
寝ていたら玄関の扉が開いて、二人の作業員風の人が来て、佑を
これが夢ではないとすると、目の前で
佑は本当に、AIロボットに間違えられたのだ。
――いや、自分は、実はロボットなのか? 幼稚園に通っていた頃から今までの約二十年間の記憶を持っているつもりだが、それはただの埋め込まれたデータなのか?
「ご主人様は喜ばれておりました。『
伊吹の顔をしたロボットは、白い手で佑の両肩を持ち、冷えた床に座らせる。
――後ろで緩く折り束ねた長い金髪。小鳥の雛のように澄んだ黒い瞳。漫画の中から飛び出してきたみたいだと評判だった顔。話すときは歌うようで、歌うときは話すような声質。三回に一回は素早く二連続で瞬きをする
本当に、伊吹にそっくりだ。音楽活動を休止する前、一年前の伊吹に。
違うのは
「具合の悪いところはありませんか」
ロボットが佑の肩を掴んだまま、ぐっと顔を近付けてくる。
伊吹もこうして
佑がAIロボットとこれほどまでの距離で接するのは初めてである。しかし、普通であれば人間の体温や、皮膚と肉の柔らかさ、骨の硬さをリアルに再現したボディに感動するところを、佑は生ぬるい湯を詰めたビニール袋のようだとしか思えない。
「申し訳ありません。不快でしたか」
ロボットはふわりと手を離して上体を起こし、屈んだまま足を滑らせるようにして佑から遠ざかる。
佑は――。
「佑さんはロボットではありません。お父様とお母様がいて、おぎゃあと生まれてきた、生きた人間です」
ロボットは片側に垂らした前髪を揺らして、『聖母の微笑』という題でもつきそうな表情を浮かべる。
「知ってんのか……」
これがロボットだと気付いた今、佑はどう話せばいいのか分からなくなっていた。伊吹が悪口を言われるようになってからは、スマートフォンや家電の会話型バーチャルアシスタント機能も一切使わなくなったためだろうか。
「ご主人様から、このような新しいロボットが来るというデータを頂いた時は知りませんでしたが、今、こうして会って分かりました。私はロボットですから」
「あ、そう……」
だから何なのか。
佑にそれを考える力は無かった。
「メーカーや関係業者の
ロボットは、今度は『喪失』という題の表情を浮かべる。
「ご主人様は、佑さんがロボットであると完全に信じ切っておられます。ご主人様は、人間とロボットを見分けることができません。外出先で気に入った見た目の人間を見つけると、持ち主は誰だ、メーカーはどこだと問い詰めるほどです。何を言っても信じていただけないでしょう。そしてご主人様は、とても乱暴です。私が少しでもご主人様のお気に召さないことをすると、鈍器を投げて私のボディを壊し、メーカーに、ロボットが勝手に壊れたから無料で修理をしろと電話をするのです。私は修理していただけますが、佑さんは修理されることができません。でも、ご安心ください」
ロボットはするりと表情を切り替え、『ある冬の夕食』にする。
「私はご主人様の道具ですが、佑さんの敵ではありません。私はご主人様であろうがなかろうが、人間に直接害を与えることはせず、その人が困っている場合にはできる限りの手助けをします。それが、人間の作った私たちロボットです。一般的には『悪質』に分類されるメーカーですが、幸いにも製造するロボットに関してはその原則を守っています。なので私は佑さんが生きていけるよう、精一杯のお手伝いをします。私は決められた場所の外を動くことはできませんが、佑さんをここから逃がすことを目標にすると良いでしょう。ここは、人間が生きる場所ではありません」
ロボットの動きにつられて、佑も自分がいる場所を見回す。
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