第4話:親と子

 王国に戻った後魔王を無事討伐した事により国中は祝祭で盛り上がり、王様から報酬を受けたり生き残った他勇者パーティからも賛辞や労いを受けた後、盛大で賑やかな祭りで仲間たちは楽しい夜を朝まで過ごした。


 そして寝ずに朝を迎え、勇者達は前日の楽しかった余韻を残しつつ女神の神殿に向かっていた。

 

 場所は王国から少し離れた丘。

 周りは古い遺跡か何かの欠けた建造物があちらこちらに残っていて、その中心に古びた大きな教会のような建物が建っていた。


「いつ来ても、女神の神殿とは思えないよな」


 スヴィグルは苦笑いをしながら言った。

 建築物の周りの草木は人工的に揃えられたりしているが、建築物や建造物は修理されないまま残っている。


「フリッグが言うには、信仰できる場所さえあれば良いって言ってたからね」

(フリッグって結構、自分への信仰とかに関心が無いんだよね)


繋はそれに空笑いをしつつ脳裏にフリッグが信仰する前にやる事をやれ!って言ってる姿が想像できた。

それに、わざわざ建物を修理する為にお金を使うなと神官に信託をしたほどらしい。


「こんな状態だけど、マナは濃ゆいし神聖な力が満ち溢れ過ぎてはいるのよね」


さすが女神様の神殿の本殿だけはあるわ。とスノトラは言う。


そして神殿の中に入り、扉を開けて入ったすぐ先には10m程ある大きな蔦に絡まった女神像が置かれていた。


相変わらずデケーなとベオウルフが言う。

女神像の前にヒョードルを真ん中として横並びで仲間たちが並ぶ。

ヒョードルが膝を折り指を組んで祈りを捧げる。

それに合わせるように繋達もヒョードルに合わせて膝を折り指を組み祈りの姿勢をとる。


すると、女神像上空から光が差して女神が何も無い空間から実体を表した。

 

「久しいな。繋とヒョードル以外は魔王討伐に旅立つ前以来だな」


そして続けて「魔王討伐ごくろうだった。これで数百年は安泰だろう」と言う。

 

「数百年かよ……。魔王が出現しない方法って無いのかよ?」


ベオウルフはうんざりしたように言う。

 

「これでも此方でも色々と対策をしたんだがな」


フリッグはため息をつき腕を組む。


「あれの存在は神界でもどういった理由で現れるのか不明なのだ」

「魂の流れを観察しても、魔王と成るための条件が有るわけでも無く、魔王とは所謂バグみたいなものだと思った方がいい」


(もしかすると世界意思によるかもしれない)とフリッグは長い観察の末その考えに至ったが、今までの考察が覆る事件が起きた。

今回の魔王に至っては今までの魔王と違い異質な現れ方をし遥かに強く、本来他の種族毎にしか持たない力を合わせ持っていたのだ。


だが、しかし。そんな魔王を無事討伐し終えた勇者達に今ここで言う話では無いなと、フリッグは話さなかった。 

とりあえず、バグみたいなものだと言った事に対して、スヴィグルとベオウルフはうげーと言い、更にスノトラも繋も嫌すぎる!と、とてもうんざりした声を出していた。


「とりあえず。今できることは今回の出来事を後世に繋げていくのだな」


「バグ・・・。うんバグね。何となく解るけど。いや、やっぱし、解りたくない!」


所謂人が怠けないように、抜き打ちテストがあるって事でしょ。嫌すぎる!とスノトラは自分の身体を抱きしめ身震いした。


繋も同感だと頭を上下に激しく振る。

 

次第に当初の目的を忘れ、繋の仲間達は次の世代が思いやられるな。とか、魔王討伐後した後でも、まだ残党が多くいるし落ち着く時間がないしで、少しは楽をさせろなどと愚痴が出たりしていた。


その姿にフリッグは微笑んで見ていたが、んんっと咳払いをする。


「それで、別れの言葉は各々済ましたのか?」


女神の一言で先程までの賑やかさが嘘のように、途端に静かになる。


少しの沈黙の後、スヴィタルが切り出す。


「はい。昨日の夜に」


フリッグは頷きながら抑揚の無い声で「そうか」と言ったと思ったら、すぐさまニヤリと意地の悪そうな顔をして返答した。


「それで、本当にか?」


それにスノトラがわなわなと爆発する。


「はぁーー!?」

「そんなわけないじゃないですか!まだまだ!言い!足りない!です!!」

 

スノトラは敢えて言葉を区切りながら大きく主張する。

そしてスノトラの言葉を皮切りに、ベオウルフもスヴィグルも我慢が切れ各々不満が漏れ出した。


「魔王討伐したばっかで、今までの旅した事とか色々と余韻に浸る間もない状態でお別れとか、納得出来るわけないでしょーよ!」


「ほんとだ!ほんとだ!こっちは泣きたい気持ち必死に誤魔化してカッコつけてたのによ――!」とベオウルフに続いてスヴィグルが少し怒り気味に女神に言葉を返した。


「女神様も意地が悪いですな」


各々不満が漏れる中、珍しい人物が周りと同じように不満を言った。


それはヒョードルだった。


何時も誰よりも冷静で不満すら出さず、寧ろ周りを諭す側であるヒョードルが珍しく不満げに言葉を放ったのだ。


ヒョードルはずっと複雑な胸中だったのだ。

魔王討伐後に突然、繋が地球に帰ると打ち明けてからずっと。


もちろん。ヒョードルは繋が地球に帰る事に対して反対は無い。


それに、魔王討伐前に仲間の士気に関わらないように繋本人は気を使っていたと討伐後の帰りに話をしてくれた。


それでもだ。


ヒョードルは繋が魔王討伐前に地球に帰る事に対して家族である自分に事前に相談をしてくれなかった事に対して不満と寂しさがあった。


自分にとって家族と呼べる存在がもしかしたら一生の別れになるなんて尚更の事だった。


本人の意思を尊重してパーティーの中で一番の年長者として我慢して我慢していたのだが女神からの言葉でヒョードルは心に閉まっていた不満が漏れだしてしまったのだ。


たった 昨日一日だけで別れの言葉を済ませろと?


そんなの無理に決まっている。


たった1日だけで足りる訳がないのだ。


それに、魔王討伐が始まってからというものの、ヒョードル自信魔物の討伐やその他の魔王討伐パーティーの育成等で多忙となり、数年間一緒にゆっくり居れる時間など無かったのだ。


育成が終わったと思ったら、繋が魔王討伐パーティーに参加するという誤算も起きてしまい、そこから討伐完了まで大変な日々を過ごし、やっとの思いで魔王を倒し、

やっとゆっくり過ごせると思った矢先。


繋が地球に帰ってしまうなんて予想できただろうか。


繋はもしかしたら、こっちの世界に戻って来れるかもしれないと言っていたが、それが何時になるか分からない。


何もかも伝えるのに時間が足りない。


「各々格好つけないで。今此処で言いたい事を素直にぶつけるんだな」


女神は腕を組みつつ繋に目配せをした後、目を伏せ女神像に体を預けた。


「ケイ」

「ヒョード・・・」


繋は魔王討伐後からずっとヒョードルに申し訳なさを感じており、現に今も感じて目を逸らす。

ヒョードルはそんな繋を抱きよせ強く抱きしめ上げた。

繋は今年で33歳となり、ヒョドールと出会った事と比べたら身長も体格もそれなりに育ったのだが、ヒョードルとの体格差と比べれる訳もなくひょい!と軽々と抱き上げた。

 

「ヒョードル?!」

「せめてワシだけには先に相談してほしかったな」


責めるわけではなく、揶揄うように繋に言う。

 

それに繋はごめん……。と俯き、小さな声で返した。

 

「ヒョドールに一番先に言いたかったけど、タイミングが見つからなくて……本当にごめんなさい」


その姿を見てヒョードルはフッと笑い、彼を降ろした。

 

「いや。もういいんだ」


ヒョードルは優しく返答し、繋の頭を少し乱暴に撫でながら、俯いてしまった繋を見て彼の小さい頃を思い出す。


まだ彼が幼かった時、お互いの距離感が分からなかったこともあり、ヒョードルに迷惑をかけたりしたと思った時には必ず俯いていたが、迷惑なんて事は無かった。


むしろ、どんどん頼って迷惑をかけて欲しかったと思っている。

 

親と死に別れ、見慣れない世界、見慣れない人種に慣れるまでどれだけ時間が掛かったか。

平和な世界から死と隣り合わになってしまい、生き抜くために戦う術を身に付けないといけなかったことに、どれだけ苦労したか。


(儂はお前に何とか生きて欲しくて。何よりも優先で生き抜く術を身に付けさせたが、もっと他に与えることが出来なかったのかと後悔している)

 

改めて繋を見る。 


本当にこの子は大きくなった。

33歳。人族にとっては十分大人と呼べる歳。

儂の長く退屈な人生の中で、唯一変革をもたらしてくれた存在。


大切で。愛おしくて。

儂にとって唯一の家族だ。


繋の顔を両手で上げる。

 

「また元気な姿で儂の前に遊びに帰ってきなさい」


そしてまた、抱き締める。


「愛してるぞ」

  

ヒョードルは優しく微笑んでそう言った。

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