再会⑦

 できるだけ優しい声色で応える。母さんの機嫌を損ねると本当に面倒だからだ。

 

「……あの人来てた?」

「あの人?」

「井坂さん」

 

 まさか母さんの口からその名前が出るとは思わなかった。たしかに井坂とは会った。でもこの場合、なんて答えるのが正解だ?

 

 あの人がいくら頻繁にうちに出入りしているからって、正妻である母さんに軽々しく口にしてもいいのか?母さんが井坂のことをどんな風に思っているか分からないから、どう答えたらいいのかまったく分からない。

 

「えっと。いきなりどうしたの?」

 

 分かりやすくしどろもどろになってしまった。

 

「ふーん。来てたのね」

 

 井坂が来ていたことはバレバレだった。来てないなら「来てない」とすぐに答えられるはずだもんな。

 

「あの人、本当に美人よね。清人きよとさんと釣り合いがとれるくらい。隼人くんのお母さんもあれくらい美人だったら、私だって清人さんと結婚したりしなかったのに」

「えっ……」

 

 目が点になるとはこのことかもしれない。今、兄貴の母親のことを言ったのか?

 

「それって」

 

 どういう意味なのか聞こうとしたときだった。

 

「失礼します。お茶が入りました」

 

 家政婦が珈琲と紅茶の入ったカップを盆の上に並べてこちらへとやってきた。なんとなく聞かれたくなくて押し黙る。

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