第玖幕もしくは楽屋裏 踊らずの踊り子、団長の鞭にて踊る

 黄色い電灯がポツリと点いた。

 女が二人。

 一人は和装。高価なおめしに金糸刺繍の帯を締めている。髪は流行の耳隠し。奥様というよりは、女優のような出で立ちだ。

 もう一人は洋装。男のように黒いズボンを履いている。髪は金に染めた巻き毛という、一種異様な風貌だ。

 しかしその容姿には、対照的な服装や髪型では誤魔化しきれない相似そうじがある。

 特に唇。奇妙なことに、こってりと化粧を施している和装の女も、化粧気のない洋装の女も、どちらも同じ程に赤く、薄い。美しく整った形なのだが、女性らしい温かみや優しさなど、全くない。

「で、ちゃあんと始末してくれたんだろうね」

 沈黙を破ったのは、和装の女だ。外観に合わない低い声。

「ちゃあんとやったから、呼んだんじゃないのさ」

 洋装の女が顎をしゃくる。そこには、汚れたクロースに覆われた長テヱブルがあった。

 クロースの下には何があるのか、ムクムクとした大きな盛り上がりが、いやそれは人の形をしているようで、和装の女がグウッと身を乗り出した。

「そら。中を見なよ」

 洋装の女が、さも面白そうに、もう一度顎をしゃくる。

「うるさいね」

 和装の女は早口で応じると共に、乱暴にクロースを剥ぎとった。

「うっ」

 途端、むうっと立ち昇る異臭。目に沁みるような炭と肉とが焦げた臭い。湿り気のある瘡蓋かさぶたを剥がしたときに嗅ぐような、生臭さも混じっている。

 そこにあったのは、生焼けの子供のむくろだった。

 和装の女は、化粧で汚れることなど失念し、素早くたもとで鼻と口を覆った。

「どうしたよ。ちゃあんと始末してるかどうか、きちんと確認しておくれ」

 洋装の女が勝ち誇ったように、声を張る。

「判ってるよ、畜生」

 和装の女は嘔吐えずきながらも、横たわる屍を検分する。

「何だい、これは、焼いたのかい」

「ああ。絞めたり刺したり殴ったりは、手が汚れるし、ヤじゃないか。いぶし殺すはずが、うっかり燃えちまってね。ま、そこは勘弁しとくれよ」

「えげつないことするねェ、燻すだなんてさ。髪も顔も焼けちまってて、確認も何も……、ああ、随分苦しんだみたいだねェ、へぇ、あのおちょぼ口がこんな形になるなんて」

 和装の女は、腰こそ引いているものの、恐ろしい様の屍を観察する。

「掌が一番判りやすいんだけど、ああ、やっぱり焼けてるか。畜生。これじゃあ、確認の仕様がないじゃないか」

「おっと、身代わりの子供を殺すなんてしてないよ。そんな危ない橋なんて渡るかい。だいたい、この街で子供が攫われた話なんて聞かないだろう。これは間違いなく、あんたのところの馬鹿坊ちゃまさ」

「ああ、そうだねェ。お前があいつを生かしておく理由もないしね」

「子供は嫌いさ」

「金にならない子供は、だろう?」

「うっふっふ」

 和装の女は、バッと哀れな屍にクロースを被せた。用が済んだら、一瞬足りとも視界に入れたくはない代物だ。

「納得したかい? したんなら」

 と、洋装の女が左手を差し出し、親指と人差指とで輪を作る。

「判ってるよ。卑しい奴だね」

「ねえさんには、煮え湯を飲まされっぱなしの人生だからねぇ、うっふっふ」

「済んだことはもうイイじゃないか。……ほら、受け取んな。約束通り、もうこの街には寄り付くんじゃないよ。その死骸も始末しな」

「任せておくれ。最近は、子供の骨が高く売れるんだよ。死骸を貰えるのは、好都合さ」

「骨が! 売れるのかい!」

「それが、買取り先が小学校なのさ。理科の学問に使うそうだよ」

「へェ、こりゃたまげた。死んでから学校に行くなんて、マヌケもいいとこだよ。しかも小学校なんてさ」

「うっふっふ。実際、丁度いいんじゃないかねぇ」

 やがて、黄色い電灯はフッと消える。衣擦きぬずれ、蝶番ちょうつがいきしむ音、ガチャリ錠前が落とされ、静寂。


                         

 ――ぐるり、終幕へと回転




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嘘つき曲馬団 黒実 操 @kuromimi

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