第捌幕 大団円

 港に定期船が着いた。

 今日は特別。珍しいお客様達の登場だ。待ちわびていた子供らが、かもめと一緒に群れをなす。あでやかな三ツ児の姉妹が、高らかに叫ぶ。

「ジェントル曲馬団が、やってきたわよぉ!」

 キャーッと鋭い嬌声とともに、船から駆け降りた。手に手に持った籠から、紙吹雪が青空へと舞い上がる。子供らが皆、争って拾い集める。その小さな掌から再び、放たれる紙吹雪。

 痩せた二人の少年が転がるような側転で、三ツ児の歩みを追い抜いて、港の広場の真ん中で、ピタリと止まる。よく似た二対の吊り目。口元を赤い布で覆ってあるせいか、恐ろしく目立つ。その後に続く少年と少女の、ささやかな列。揃って愛らしい装いで、それぞれ犬を連れている。

 お客様は、まだ続く。細い渡し板を、髪を後頭部高く一つに結んだ大女にあやされて、太った青毛の馬がよろよろと降りてゆく。

「気を付けな」

 船乗りが声をかける。

「あいよ」

 大女が片目をつむってみせた。

 と、スラリと姿の良い若い馬が、隣に並んだ。こちらも青毛。

 続いて降り立つは、青年。まだ少年の面影の残る滑らかな頬だが、どこか人を食ったような顔をしている。髪の毛で隠しているが、その耳には左右ともに汽車の切符のような切れ込み。

 彼の名はプリンス飛駒ひこま。この『ジェントル曲馬団』のナイフ投げのスタアなのだ。

 その後ろで、分厚いカイゼル髭を撫でつけているのは、団長のジェントル曲馬。金の巻き毛が陽光にきらめいている。

「お父様がお亡くなりになって、早三月みつき。甍部海運はあの女のモノになりました」

 見せかけの髭の下で、赤い唇が蠢く。

「名目上は貴方の義弟君おとうとぎみが筆頭ですが、あの幼さで何ができましょう。その母が、愚かにも暗躍し、最早お父様が築き上げた全てが離散する方向へと――」

「――父様」

 青年の眉根がギュッと寄る。

「ボクは父様を誤解していた。ずっと、ボクのことが邪魔だとばかり」

「しげ……、いえ飛駒。甍部様が、秘密裏に私に依頼を下さったお蔭で、こうして無事にあの女から貴方をお守りすることができました。あのままだと、遅かれ早かれ貴方は亡き者とされていたことでしょう」

「その恩は片時も忘れたことはない」

「なにを! 恩だなんて。私達は家族ではありませんか」

 曲馬が、誰にも見えないように、青年の手をとった。

「貴方を正統なお立場へとお返しするのが、私の……いえ、お父様の願いです」

「じゃあ、ボクは」

「闘いになります。あの女と義弟君との。貴方はあの家に、甍部海運へと帰らねばなりません」

 青年は答えず、曲馬の手をそっと外して歩き出した。

「まだ、駄々こねてんのかい」

 曲馬の陰から、ぬっと老女が顔を出した。幅の広い黒い布で、目隠しをしている。

「時間の問題さ」

 曲馬は、ひらひらと手を振る。花のような白手袋。

「それにしても、親父はさっさと死んだもんだね」

「早くてよかったよ。親父が生きてる間は、この嘘がバレる危険があったってもんだ。だいたい私ら、うっふっふ、顔を合わせたこともないんだしねぇ」

「あの女、絶対なんか手を下したね。毒かね、やっぱり。はぁ、怖い怖い。そこが突ければねェ」

「だから何度も言うけど、証拠がないさ。無駄なことはもう言いなさんな」

 何度も繰り返してきた愚痴を吐く老女を、曲馬が掌で制す。

「なんとかなるさ。坊ちゃまを手に入れたときみたいに。あのときは丁度いい具合に、子供が死んでくれたしねぇ。なんて名前だったかな」

「そんなこともあったねェ。お陰で、苦もなく坊ちゃまが」

「簡単すぎて欠伸あくびも出ないってね。今度も、うまくいくさ」

「ヒッヒッヒッ。こっちには長男がいるんだ」

「そうさ。坊ちゃまがいるんだ。うっふっふ」

 二人の見る先には、広場の真ん中で器用に五本のナイフでお手玉をしている、プリンス飛駒。

 子供らの歓声。絶え間ない紙吹雪。はしゃぐ犬ら。仲良し【家族】達。

 曲馬の視線に振り返った青年は、にっこりと笑顔を返した。


 ――閉幕

                            

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