第弐幕 プリンス滋比古、曲馬と出会う

「――というお話でね」

 ジェントル曲馬は両手を開いた。花のような白手袋。対峙たいじするは少年。せいぜい十三、四歳といったところか、滑らかな頬だが、どこか人を食ったような顔をしている。乗り出してくる団長を上目で見遣り、甘いコクテルを舐めている。

「ずいぶんと気取って話したもんだ。何処かへと運んで行った、なんてさ」

 鼻で笑う。

「うっふっふ、大人に向かってなんて口の利き方でしょう。さすがこの街一番の名士、甍部いらかべ海運のご嫡男ちゃくなんであらせられる」

 ジェントル曲馬のマナコが細くなった。

「判ってるなら、お前こそ口の利き方には気を付けろ」

 剣呑けんのんな空気を鼻息で吹き飛ばし、少年は顎を上げる。

「お前達のような胡散臭い連中なんて、ボクの一声でこの街から追い出せるんだ」

「それはもう。だからこそ、坊ちゃまにこのお話を持ってきたんじゃないですか。コクテルのお替りは如何いかが?」

「紙巻き煙草もだ」

 曲馬が、女給にその二つを命じた。歳若い女給はしらけた顔を隠そうともせずに、曲馬が差すより早く、注文を少年の前に置く。背後からの給仕に、振り返ることをしなかった少年は、その表情を知らないままだ。

 女給が去った後、曲馬は少年の耳に唇を寄せた。

「私はね、坊ちゃまにお千代がなぜ死んだのか、その謎を解いていただきたいのですよ」

「ふん」

「私らみたいな渡り鳥には、警察は少々鬱陶しいものでして。ひととこに長く留められても困りますのでねぇ。しかしお千代の不幸をそのままにはしておけません。困っていたところに、坊ちゃまの評判を聞いたのですよ」

 団長の申し出は予想済みだったのだろう。自惚れの強い少年は、迂闊うかつにもしたり顔を曝す。

 曲馬が更に頬を寄せる。金の巻き毛が、少年の桜色の耳で潰れた。

「坊ちゃまの卓越した脳髄と大人顔負けの度胸で、どうかお千代が死んだ訳を解いてやってくれませんかねぇ」

 吐息がかかる。ゾクリ。少年は反射的に耳たぶを抑え、身を引くと、

「そ、そんなこと言ってるが、知ってるぞ!」

 狼狽を誤魔化すべく、早口に喋る。

「ジェントル曲馬、お前のことは皆『ゼニトル曲馬』って呼んでるぞ。なんでも金にするって評判だ。欲張り! ケチンボ! このボクを使って犯人を捜して、それをお千代の家族に売りつけるんだろう。え、そうだろう!」

「……お千代の【家族】は私らさぁ」

 ジェントル曲馬のマナコが、また細くなる。目には見えない動物電気がほとばしる。

 少年は、口が過ぎたことを思い知る。

 にらみ合い、少年が折れていることを眼光まなざしで確認した曲馬は、あっさりと雰囲気を緩めた。

「坊ちゃまが引き受けてくださるなら、私らはお礼をしますがね」

 内心、少年は安堵したが、

「約束するか」

 と虚勢を張った。

「血判をご所望ならばそれも」

「いるか、そんなもの。じゃあ、引き受けよう。ボクのことは滋比古様と呼べ。子供扱いはするな」

 紙巻き煙草を灰皿に押し付け、滋比古は席を立つ。

「じゃあ、団員共に話を聞くぞ」

「それはもう。滋比古様のお見立てのままに。正直にお答えするよう言いつけてありますので。そうだ。先程の、もう一度お話ししましょうか?」

「あの程度の、一度聞けば十分だ」

 逃げるように少年はカフエエを出る。

 残されたジェントル曲馬が呟いた。

「ゼニトル曲馬ねぇ。うっふっふ。ご自身はプリンス滋比古って渾名あだなで嗤われてることは、ご存じなんですかねぇ」

 楽しそうに、分厚いカイゼル髭を撫でつける。

「うっふっふ。怪しい、か。人の話を聞かない子供だ。私らは【家族】だと申しましたに」


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