嘘つき曲馬団

黒実 操

第壱幕 スマヰルお千代は何故死んだ

 ツラヌキお巻の金切り声が、暁に響く。

 真っ先に駆けつけた馬夫人うまふじんが見たものは、嗚呼無残、スマヰルお千代の哀れなむくろ

「お千代、お千代なのかい。何故返事をしないんだい」

 四つん這いで手探るお巻を、馬夫人が抱き留めた。

「お巻さん、落ち着いて聞いとくれ。お千代は死んでいる。口から、ああ酷い血だ。……何か聞こえなかったのかい」

 馬夫人の問いに、お巻はかぶりを振るのみ。

 お巻は目が見えない。四六時中、黒い目隠しを着けたまま。だがここ『ジェントル曲馬団』のナイフ投げのスタアなのだ。

 馬夫人は、夫婦で曲馬芸を披露する。夫は青毛馬のロッポンだ。

 この騒ぎに三ツ首のヒィ、フゥ、ミィ。キャット次郎と三郎の幼い兄弟もやって来た。三ツ首は道化で、キャット兄弟は軽業師。

 死んだお千代はナイフ投げの的だった。

「何の騒ぎだね」

 最後に、団長のジェントル曲馬が現れた。

「お千代が死んでるー」

「死んでるー」

「でるー」

 三ツ首がヒィ、フゥ、ミィの順番で答える。首は違えど、同じ形で歪む口。

「なに。お千代が死んだと」

 金の巻き毛を揺らして、ジェントル曲馬が輪を覗く。分厚いカイゼル髭を撫でつけながら、物言わぬお千代を眺め回してこう言った。

「可哀想に。しかしいい笑顔ではないか。皆もそう思うだろう」

「笑顔。お千代が笑って?」

 お巻が叫んだ。

 キンとした空気。

「素晴らしい笑顔だ。スマヰルお千代の名に恥じぬ」

 ジェントル曲馬は言い切った。

「笑顔だよ」

「だよ」

「よ」

 三ツ首が順繰りに声を張る。

「……笑顔」

 馬夫人も呟いた。

 キャット兄弟は目配せして、頷いた。

 お巻は唇を動かしたが、結局声には出さぬまま。馬夫人は、その顔を盗み見ている。キャット兄弟は棒立ちで、三ツ首は無言でニヤニヤ。

 輪の中心には小さなお千代。

 団長はお千代の身体を抱き上げて、何処かへと運んで行った。

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