第2話 人形遣い02



 「ふぁーあ」

大きく伸びをした時、思わず大きな欠伸も出てしまった。

昨日と違ってのんびりとした時間を過ごしている。

昨日は姉の消息を知った後の展開に酔うようなめまいを感じながら帰宅したものだが、今日は事務所での留守居役を仰せつかり、かれこれ3時間ほど経とうとしている。

 確かに昨日、最後に見た更紗は人形だった。意味ありげな紬の目といい、この事務所の逃れられない闇を見た気で居たのだが、今朝9時に出勤した時、お人形さんは明らかにフランス人形然とした少女に戻っていて、何やら準備運動のような動きをしており、紬も外出用意をするような動きをしていた。二人とも装いが昨日よりカジュアルで、「どうしたんすか?」というオレの問いに「今日は猫を探しに行くの」と明るい声で応える更紗は多少フリルが抑えられたパンツルック、同行するのであろう紬もスェットスーツとまでは言いがたいが黒を基調にした動きやすそうな出で立ちであった。

「木成(きなり)はお留守番ね」と更紗がウインクする。

「留守番ですか?」「そうよ、全員居なかったらお客さんが来たとき困るでしょ?」

 

 それから3時間ほど、オレはこの状態で事務所の置物と化しているわけだ。

「誰も来ないよなぁ」ともう一度伸びたとき

「なんだ、居るじゃないか」と、突然背後で声がした。あまりにも突然で飛び上がるぐらい驚いた瞬間、オレは自分の手首に何かキラッと光る糸状のものを見た気がした。

「そういえば昨日も…」と思う間もなくその声の主がオレの肩をガシッと掴んで言った。

「君か!『あの』更紗が気に入ったと事務所に迎えたのは!」40超えたくらいの人の良さそうな、ちょっと体格のいい男性が満面の笑顔でオレをのぞき込んでいた。その勢いに押され「は、はぁ」と曖昧に返事をした時に勢いよく事務所の扉が開く。

「おじさま!」更紗がその初対面の男に抱きついていた。

「こちらは当事務所のオーナーです」紬が改めて紹介をしてくれた。オレはぺこりと頭を下げる。

「お世話になります、オレは」「木成くん!更紗から聞いているよ」

気がつくと握手をしていた。オレは他人に触れるのが苦手で、挨拶で握手なんぞしたことがない。なのに今日は気がつくと手を握った後だった。

「良かった、大丈夫そうですね」紬も微笑む。

「猫はみつかったかぃ?」「あ、はい、この子」更紗が抱えていた子猫をオーナーに見せる。「ありがとう、さすがだね」オーナーは子猫を大事そうに抱え、更紗の頭をなでた。

嬉しそうに更紗は笑う。オレはもう何が何だか判らなくなってしまった。


 この日はこれ以上何もなく、事務所との雇用契約書を記入したくらいで終わりだった。オーナーは猫を渡された後すぐに事務所を後にしたので、詳しいことを何も聞くことが出来ないままだった。

「また明日ね」更紗がひらひらと手を振り、紬が少し会釈した。


アパートに帰り、風呂に入ったとき自分の手足を観察する。糸のようなモノは付いていない。あれは見間違いだったんだろうか。

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人形遣い あおいひなた @aoihinata165

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