人形遣い
あおいひなた
第1話 人形遣い01
「ここか」
オレにはどうしても探し出したい人物がいた。実の姉である。
一つしか年の変わらない姉とは、オレが家を飛び出して以来何年も全く顔を合わせていなかった。素行の悪かったオレをいつもかばってくれていた姉だった。姉はオレとはそりの合わなかった親とも割と仲良くやっていたので、今はもう結婚でもして幸せに暮らしているもの、と勝手に思っていた。
その姉を先日思いがけないところで見かけてしまっていた。
少し前まで雇われていたところを無理矢理退職させられ(それでも何故か自主退職扱いになっていた)それ以来自宅にこもっていたのだが、たまには外で飯を食おうと、ちょっと賑やかな場所まで来ていた。その帰りのたまたま通りがかった歓楽街の端っこで、とある女性が大きな車に乗り込むのを見た。
「姉ちゃん」派手な化粧に豪華な衣装。だがその顔はオレの姉そのものだった。
呼びかける間もなくその車は発車し、呆然と見送るしかなかった。見間違いだと思いたかった。
急いで親元に連絡を入れるも、「この番号は現在使われておりません」というメッセージ。姉の電話番号なんて知らないため、自力で探すしかなかった。
人に聞き回り今日は見かけた歓楽街まで来ていたが、そこで地回りに見つかりボコボコにされた。倒れ込んだ地面で目の前にあった小さなチラシ。そこには『ドール探偵社』と書かれてあった。
わらにもすがる思いでその胡散臭いチラシに書かれてある番号に電話を掛け、「はい」低い男の声で返事があったので名前と事情を説明し、今から訪ねても良いか聞いてみた。
何やら向こうで少し話をしていたかと思ったら「どうぞお越しください」という返答だったので今、チラシに書いてある住所まで来たというわけだった。
中に入って驚いた。
その事務所の主が座る席には、小さな女の子が座っていたからだ。まるで古いフランス人形のような顔つき、髪型、服装。
その横には背が高く髪の長い男が、従者のように立っていた。
「電話で事情はきいたから詳しい話はもういいわ」鈴の鳴るような声でその少女は言った。「捜し人の写真ある?」
「あ、はい」胸ポケットから一枚だけ持っていた姉の写真を少女に見せた。
「ふぅん」まじまじと写真を見つめ、それをとなりにいる従者のような男に渡した。
「見つけられそう?」「ええ、まぁ」電話の男はこいつか、とすぐわかる端正な声だった
「この人見つけてどうしたいの?」少女はオレに訊いた。
「幸せなら…幸せならそれでいいです」
「幸せじゃなかったら?」
「今度はオレが助けたいと思って」
「ふぅん」少女は少し考える風に言った。
従者のような男はその間、胸ポケットから出した年代ものの手鏡をその写真に重ね合わせ何やら写真をなぞっていた。
「紬はね」どうやら従者は紬という名前のようだ。「手鏡で探すの」「手鏡?」聞き直すと少女は威張ったように胸を張って流し目でこちらを見た。「そう。占いっぽいでしょ」
急に不安がこみ上げる。手鏡を使った占いというのはオレの知る範囲では聞いたことがないが、そういうのもあるのか?いや、ちょっと待て、そういう曖昧な捜査方法しかしないのか?ここは…
「更紗」紬が呼びかける。「あ、わかったの?ありがとう」少女の方は更紗というらしい。
「さて、お客さん。後は少し調査を進めてまた連絡するわ。またそのときに話しましょうね。」「あ、あの」「あ、そうだ」
更紗はオレの目を見つめながら言った。
「お客さん、貴方、次回はなにかお花を一本、持ってきてくれる?」「花?」
更紗はコクンと頷く。「何でもいいの」
「…わかりました」そういえば大事な話をしていない。「あの、調査料は…」「次回説明するわ。あ、大丈夫よ、ぼったくったりしないから」…怪しい。後でネットで平均的な金額を調べてみよう。
「よろしくお願いします」姉の写真を預けたまま、この日はこの怪しい探偵社を後にした。
一週間後、事務所から電話があった。
「判ったら来てくれる?」と鈴の鳴るようなかわいらしい声で呼び出しが係ったので翌日事務所を訪ねると、やはり真ん中の主の椅子で座っていたフランス人形の少女が「よく来たわね」と出迎えてくれた。
「あの」と前回に言われた花を渡す。
「ピンクのカーネーション?しかも2本。どうして?」不思議そうに少女は首をかしげた
「一本は姉に。もう一本は貴女に渡したくなったので。花の種類もなんとなく、です」
来る途中に見かけた花屋で前回の最後の言葉を思い出し(それまですっかり忘れていたのだが)、なにも思わず選んだ2本だった。更紗の分も、と思ったのもなんとなくだった。
「ふうん」少し嬉しそうな顔をした更紗は小さい声で「気に入ったわ」といい、「これ、飾っといて」と紬にその花を渡した。
「わかりました」と紬はすぐに2本のカーネーションを花瓶に生けて更紗の机の上に飾った。
「さて、では調査結果を渡します」更紗は紬を促す。「コレを」紬に渡された封筒には姉の、オレが出奔してからの姉の経歴が書かれてあった。
要するに
オレが家を出てまもなく姉も家を出たと。
その後姉は一度夜の世界の仕事に就いたものの、そこで奇跡的によい出会いがあり、その世界を出て結婚をしていたらしい。そして先日のきらびやかな姿は伴侶とのお遊びのための衣装であり、普段は慎ましやかに生活しているとのこと。
良くない世界でずっと生きているのではないかというオレの心配は杞憂に終わったわけで、オレは本当に安心した。
幸せなら良い。幸せならいいんだ。名乗り出るつもりもないのだし。
安心したオレはへたり込んでしまった。そこに更紗がたたみかけるように話し出す。
「さてさて、そこでね。あたし貴方にお願いがあるのよ。いわば今回の『報酬』ってことで。」「?」更紗は話を続ける。
「あなた今、無職よね?」これは前回、成功報酬のこともあるので、すでに告げていたことだった。「これからうちの仕事を手伝ってもらうことにしたから。決定事項ね。」
「はぁ?」いきなりの就職とその強引さにちょっと驚いていると紬がいさめるように「更紗」と呼びかけた。
「いいの、あたし気に入ったんだもの」異論は認めない、といった口調で更紗は答えた。
「貴方は明日から出勤ね。朝九時にはここに来ること。帰る時間はその時によるけどお手当はちゃんと出るから、後は紬に聞いてね」
ニッコリ笑いながらも反論をさせない強さで更紗は言葉を切った。
オレは「わかりました」と答えるしか無かった。「今日は帰っていいわよ。また明日ね」
手をひらひらと振る更紗に背を向けて歩き出そうとしたとき、背中越しに更紗がもう一つ声を掛けた。
「そうそう、忘れてた。貴方のこれからの名前は『木成(きなり)』だからね」
その瞬間、オレは自分の手足になにか透明な糸のようなモノを見た気がした。
「え」と振り返ったと同時にカシャンと音がして、さっきまでかわいらしい少女だったモノが椅子の上でバラバラになり溜まっているのを見た。
「え?え?」少女の横に立つ紬を見ると、彼はこちらに涼やかな笑みを浮かべながら
「おや、見てしまいましたか?」と一言だけ言った。
呆然とするオレを見て「そういうこともあるのです、不思議ですね」ともう一言言った。
「明日にはちゃんと戻っていますので、気にしないで出勤してきてくださいね」
「はい」それ以上返せなかった。
扉を閉めて確かにその事務所を出、今は自分のアパートに帰っているはずなのに、まだ事務所に居るような感覚が拭えない。
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