0-2 はじまりの物語り(2)

 少女の説明を青年は黙って聞く。


「どんなものが買えるのかしら? お兄さまはなにが欲しいですか?」

「あ…………いや、イトコ殿…………」

「お屋敷にいながら、色々な世界の商品をオトリヨセできるのですよ! とてもワクワクしますよね!」

「いや、それは…………」

「珍しいスイーツとかあるかしら?」

「イトコ殿、イトコ殿!」

「なんですの? お兄さま?」


 少女は目をパチクリさせながら、話を遮った青年を見上げる。


「その……残念だが……。このカタログは、古代遺品だ」

「ええ。そうですわよ。それがどうかしましたか?」

「古代文明は滅んだ。当然、発送元……異世界デパートも滅んでいるのだが?」

「まあ! なんということ! 異世界でぱーとは倒産していますの? わくわくオトリヨセはできませんの?」


 心底驚き、そして、落胆する少女。

 うなだれる少女の背中を青年は軽く叩く。


「まあ、購入はできないだろうが、ヨムことはできるかな? このカタログを見れば、異世界の小物やその背景を知ることができるだろう」

「……そうですわね。色々な世界の小物を知るのも楽しいですわよね。わたくしたちの世界の商品も載っているかしら?」

「さあ、それは読んでみないことにはわからないなぁ」

「お兄さま、早く読んでください!」

「わかった。ヨムことにしよう」


 青年は軽く頷くと、お茶とお茶菓子が用意されている応接椅子へと腰かける。


「…………イトコ殿?」


 少女は応接椅子ではなく、青年の膝の上にちょこんと座った。


「イトコ殿?」


 予測していなかったイトコ殿の行動に、青年は狼狽える。

 なにがどうなっているのか、全くわからない。


「さあ、お兄さま! 読んでください!」


 少女は青年の膝の上で楽しそうに身体を揺らす。


(…………読み聞かせか)


 青年がカタログを読むのではなく、青年が少女にカタログを読んで聞かせるのを、望まれていると悟る。

 

 青年は軽く溜息をつくと、少女を膝上に載せたまま、カタログの表紙をめくった。


「ん? なにかな、この青い妙に長い文字の列は?」


 表紙をめくった青年は驚いたような声をあげる。

 ページの一番下の部分に、https://から始まる謎の青色の英数字が並んでいる。

 これは、どう発音したらよいのだろうか、と青年は首を傾ける。


「これは、『りんく』というものですの。Uniform Resource Locatorといわれているもので、この青い文字列を押さえると、商品の絵が載っているページに自動的に移動する仕様になっていますのよ。絵を見ることによってさらなるイメージと、そこに記されているオウエンコメントをヨムことによって、新たなる商品の可能性を知ることができるのです!」

「よくはわからないが、それは便利そうだが……。わざわざ別のページ載せずとも、商品の説明がされているページに、その絵を載せたらよいのではないのか?」

「お兄さま、残念ながら、古代遺品の限界です。この異世界カタログのバージョンでは、未対応らしいですわ」

「そうか。競合他社のカタログは対応しているというのに、残念だな」

「ええ、とても残念ですわ。さらに、このカタログには(2024年6月1日時点で)大いなる欠陥がありますのよ」

「欠陥?」


 少女の真剣な声に、青年は首を傾げる。


「なんと、スマートフォンのアプリでヨム場合、文字が青色にならないのです!(Android版未検証)」

「それはどういうことだ?」

「文字が青くないので、絵が載っているページにたどり着くことができないのです!」

「それは……困ったな」

「ええ。でも、スマートフォンのWebブラウザ、例えばGマークのChromeや方位磁石のSafariで読めば、文字は青色ですので、全く問題はないですわ」

「そうなのか。それはよかった。じゃ、ヨムぞ……」


 青年は自分と、そして、少女にも見える位置で本を開く。


「お兄さま、待ってください!」

「なに? まだなにか注意事項があるのか?」

「はい。これが、最も大事なことですわ」


 色々と問題のあるカタログだな、と思いつつも、青年は黙って、少女の言葉を待つ。


「青い文字を押す前に、ハートの部分を押して、赤色にすることを忘れてはいけないのです!」

「なに? このカタログは、ハートの色が変化するのか?」

「はい。これを忘れると、生産者がやる気を失って、不良品が横行するらしいのです! 良品計画を邪魔する背信行為はいけませんわ」

「……それは、大変だな。青い文字を押す前に、忘れずに、ハートの色を変えなければならないな」


 ページの下の方にあるハートのマークを青年は見る。


「それから……」

「まだあるのか!」

「忘れず押そう星三つっ! ですわ!」

「なんだ、その標語みたいな呪文は?」

「わたくしにもよくわからないのですが、カタログの増ページに必要な燃料らしいですわ」


(色々と、注文の多い異世界カタログだな……)


 少女の言葉に首を傾けながらも、青年は読み聞かせを始めたのであった。

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