第5話 恩返し
知り合いもいないのに誰かが家に訪ねて来た。
まさかこんなところにセールスが来るとは思えないし……。
「ふぇありーちゃんたち、訪ねて来た人に心当たりあるかい?」
「「「ないー」」」
となると彼らの知り合いでもないと。うーむ、とりあえず出てみるか。
「どちらさまですか?」
扉を開く。すると外にいたのは……黒髪を腰まで伸ばして、それ以外は雪のように白い美少女だった。
年齢は高校生くらいだろうか。背中には純白に少し黒の模様が混ざった翼が生えている。
思わず息をのんでしまう。すごく神秘的で清楚そうで、はっきりいってものすごく好みな見た目だった。
「こんばんは。先日助けて頂いた鶴です。ご恩を返しに来ました」
なんと本当に鶴の恩返しとは……浦島太郎に引き続きだぞ。俺は童話の世界にでも入ってしまったのだろうか。
いや待て。鶴の恩返しは鶴が正体を隠してやってくるはずだが、思いっきり暴露してるがいいのだろうか。
などと考えているとふぇありーたちもこっちにやってきて、
「あーこれあれなのー。鶴の仇討ちふぇあー」
「鶴の仕返しありー?」
「鶴蟹合戦なのー」
「そこまで言って恩返しがなぜ出てこないの?」
思わずツッコむと鶴ちゃん(仮)は小さくほほ笑んだ。
その仕草があまりにも綺麗で思わず見惚れてしまって……おっといかんいかん。
「あの。別に魚をあげただけなので、特に恩とかは……」
恩返しを受けるにはそれ相応の恩を渡さねばならない。だが俺は釣った魚を一匹渡しただけで、とてもそんなお礼を受ける資格はないと思う。
「なにを仰いますか! 貴方様のおかげで妹は助かりましたし、私はこの姿になれたのです! 神魚を頂けたおかげで、わずか五十年しか生きていないのに神通力を授かれたのですから!」
「じ、神通力?」
『千年生きた鶴は神に通じる力を得るのじゃー。あ、ちなみに亀は万年じゃー』
困惑していると島亀ちゃんからの脳内解説助かる。
なるほど。あの湖で釣った魚が特別で、それをもらったから恩返しと……自分で湖で魚を獲ればよかったのでは?
『あそこの湖は神域じゃ。許可のない者が湖に触れたら天罰を受けて死ぬのじゃ。なのでカイト殿が魚を渡さなければ、そこの鶴は魚を得られなかった』
「今まで天罰を受けて死んだ魔物は数知れずなのー」
「僕らはあまたの屍の上に立っているー?」
あの湖、思ったより百倍くらい物騒だった。
ふぇありーたちが勝手に湖で泳ごうとしなかったわけだ……。
「貴方様は私の生みの親みたいなものです。どうか恩を返させてください。神魚を頂いておいて何もしないでは、天罰が下ってしまいます」
鶴ちゃんは深々と頭を下げてくる。
「どうかお願いいたしやすふぇあー」
「僕たちにもー」
「豪邸を作ってくださいー」
ふぇありーたちが真似しているが無視しつつ、鶴ちゃんに視線を向ける。
……これ島亀ちゃんと同じく、恩を返さないと困るってパターンだ。
「ええと。服とか作れたりします?」
「はい! 得意です! 洋服から和服までなんでもお任せください! 他にもシーツや布団などなんでも!」
「じゃあ俺たちの服を作ってもらえませんか?」
などと恩着せがましいお願いをしてみると、
「あ、ありがとうございます! 頑張ります! ではさっそく織りますね! 家の中に入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、はいどうぞ」
「失礼いたします!」
鶴ちゃんは部屋の端に正座すると、バサバサと翼を動かして羽根を床に落とし始める。そして羽根を拾うと糸にしていき、針もなしに布を縫い始めた。
「うふふ……あの時と違って堂々と恩を返せる……! ああいけません、笑ってしまいます……!」
などと先ほどの清楚さはどこへやら、恍惚とした表情で作業している。
「村長ー、あいつやばいのー」
「こら! そんなこと言ったらいけません! 律儀に恩返ししようとするいい人だから!」
ふぇありーちゃんたちを叱った直後だった。鶴ちゃんはわりと大きな声で高笑いし始める。
「うふふ……! あはは……!! うふふふふふふふ……!!!」
「あれでもありー?」
「…………」
思ったよりヤバイタイプの子だったかもしれない。
おかしいな。鶴の恩返しではかなり内気で、正体を見られただけで去っていくはずなのに……。
そんなことを考えていたら周囲が暗くなりはじめた。もう夜のようだ。
「鶴ちゃん! もう夜だけどこの部屋には明かりもないんだ。今日は泊っていくかい? それとも帰る?」
なんかノリ的に居座りそうだけど、念のため確認はしておく。女の子が男と同じ部屋で寝泊まりはよろしくないし。
「ご安心ください。私、夜でも目が見えますのでこのまま作業致します。明日には完成させますので、その暁には着ていただけると嬉しいです」
「そ、そうか。なにか手伝うことはあるかな?」
「ありませんのでどうぞお眠りくださいませ。出来れば私の反物織りは見ないで頂けると助かりますので」
「すぴーすぴー」
「すやぁありー」
「ぐーすかーふぇあー」
そう言われたので大人しく眠ることにした。ふぇありーたちはすでに眠っていたし。
目をつぶって開けると、窓から登りかけた朝日が見えた。どうやら疲れていたようですぐ寝てしまったらしい。
暗くなると同時に寝て、朝日と共に起きる生活……なんて健康的なんだ。
「おはようございます! 服です! 着物と洋服の二種類あります!」
すると鶴ちゃんの声が部屋に響いた。その声に驚いたのか、俺の近くで眠っていたふぇありーたちが飛び上がった。
「て、敵襲なのー!?」
「朝から島亀様が怒りに来たありー?」
「僕たち悪いことそんなにしてないふぇあー!」
どうやらふぇありーたちにとって、島亀ちゃんはオカンみたいなものらしい。あと悪いこと少しはしているようだ。
鶴ちゃんに視線を戻すと、彼女は二着の服を持っていた。片方は動きやすそうなシャツとズボン、もう片方は男性着物だ。どちらも純白である
「ささっ! どちらがお好みですか! どちらも微妙でしたらまた縫いますのでお申し付けください!」
流石にまた縫ってもらうのも悪いし、そもそもどちらも文句のつけようがないほどきれいに仕上がっている。
試しに触らせてもらうと、どちらも絹のように柔らかい手触りだ。日本なら超高級品の類だろう。
「じゃあ着物の方でいいかな?」
……動きやすさだけ考えるなら洋服だが、なんとなくシチュエーション的に着物だ。
「ありがとうございます! どうぞ着てください! あ、私は外に出ていますね」
鶴ちゃんは着物と帯を俺に渡すと、家から出て行ってしまった。
着物、確か長襦袢だったかな。足首近くまであるそれを着て、帯をてきとうに結んでみる。
よしなんか着れた。少しジャンプしてみるが着物が落ちる気配もない。
そして着心地も素晴らしい。雲に包まれるとはこんな間隔なのだろうと思うほどだ。
「素晴らしいです! うう、自分の作った物を主様に着てもらえるのはいいものですね……!」
いつの間にか戻ってきた鶴ちゃんは、涙を流して喜んでいた。なんかもう主様認定されてるんですが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます