第2話 ふぇありー
俺は現在の状況について自称島亀ちゃんから話を聞いていた。
「我は
「それはすごい……」
色々のところがすごく気になるが、ひとまず黙っておこう。
「それで神力も得たので、以前に助けて頂いたお礼をしようと思ったのじゃ。なので異世界に連れて来たのじゃ」
「お礼をされるほどのことしてないけどね。ただ子亀を海に返しただけだよ」
本当に大したことはしていない。小さいころ、砂浜で困っていた亀を海に流しただけだ。
浦島太郎さんも正直子供を追い払っただけだが、俺はそれ以上に何もしていない気がする。
「いやいや。あの時に助けてもらわなければ、あそこで我は死んでいたのじゃ。だから恩返しじゃ。ほら鶴が罠から救ってもらったから擬人化して恩返しに来るやつ」
「例えるなら普通に浦島太郎でよくない? 完璧な前例があるよね?」
「だって浦島太郎の亀って最悪の亀畜じゃろ。わずかな時間に幸せにしてそこから不幸に叩きおとす。あれは地獄の悪魔の所業、亀畜外道のきわみじゃ。竜宮城は悪魔の城で、乙姫は悪魔の王なのじゃ」
たしかに竜宮城という天国から知りあい全滅の地獄に叩きおとされたようなものだ。
そして亀はもちろんのこと、乙姫もそれを知ったうえで竜宮城に招待したのだ。玉手箱を渡したことといい冷静に考えたらあいつらグルじゃん。
「そういうわけで我は浦島太郎の亀ではないのじゃ。あんな亀畜と一緒にされるのは心外なのじゃ。カイト殿に恩を返しに来たのじゃから!」
どうやら島亀ちゃんは浦島太郎の亀と一緒にされるのが嫌なようだ。次から気をつけよう。
「それでカイト殿は地球でお疲れの様子なので、我の背中でまったり生きて欲しいのじゃ。実はもう我はカイト殿の住む世界から転移して別世界にいるのじゃ。なので背中にいるカイト殿も当然異世界にいるので地球のことは忘れて暮らすのじゃ」
「あー……気持ちは嬉しいけど俺がいなくなると色々と問題があって」
俺の両親はすでに他界しているが会社では今週納期の仕事がある。それに俺が蒸発したら警察とかも迷惑だろう。
スローライフしたいとは言えども他人に迷惑かけてまではダメだ。
「安心するのじゃ。地球ではカイト殿は普通に仕事してるのじゃ。実は神力で
「コピー人形」
「うむ。能力も受け答えも完璧で、疲れ知らずなので不眠不休で二十四時間働けるのじゃ。なのでカイト殿は地球のことは気にしないでいいのじゃ」
コピー人形が可哀そうと思ってしまった。
すると島亀ちゃんは俺の心を読んだのかニッコリと笑うと。
「大丈夫じゃ。彼らは嬉々として働いておるよ。なにせ本来なら地獄最下層送りの極悪人の魂を、地球でカイト殿のコピーになることで免除するのじゃから」
地球の労働で地獄送りを免除していいのだろうか。
「いいんじゃよ。年間休日80日で休日返上残業たっぷりは地獄の入り口みたいなもんじゃから」
「俺の今までの労働環境なんだけど」
「地獄からの脱出おめでとうなのじゃ!」
悲報、ブラック企業の労働はギリギリ地獄扱いだった。
「カイト殿が日本に帰りたいならば、戻すことは可能じゃが……一度戻ったらもうここには呼べないのじゃ。戻りたいなら分かった上で言って欲しいのじゃ」
「わかったよ。それで俺はここでなにをすればいいのかな?」
俺がこの世界に呼ばれたのはきっと意味があるのだろう。
と思っていたのだが、島亀ちゃんは首をかしげた後に。
「特になにもないので好きにまったりして生きて欲しいのじゃ。あそこに最低限必要なものは用意しておいたのじゃ。ほれ」
島亀ちゃんが指さした先には木の机があった。
その後ろには湖も見えるので試しに近づいてみる。すごく透き通っていてそのまま飲めそうなくらいだ。
「飲めるのじゃ。なにせ南アルプスどころか島亀神たる我が甲羅から吹きだす天然水じゃからな!」
なんだろう。亀の甲羅から吹き出すと聞くと少し微妙に思えてきた……いや神様だから大丈夫だ、うん。
神脈から湧き出る天然水と考えればセーフだ。
試しに手で水をすくって飲んでみるとすごく冷たくて美味しい。なんというか濁りや不純物が入ってない感じがする。
それと自分の顔が写ったのだが、なんか若返ってる気がする。
「美味しいねこの水」
「当然じゃよ。だって
「神水」
「飲んだら最後、超人的な力を手に入れる。この世界では一滴が金貨一万枚以上の価値じゃぞ」
「そんなすごいもの手すくいで飲んじゃったんだけど」
「カイト殿の生活用湖だから問題ないのじゃ」
「ところで白髪になって、若返ってる気がするんだけど」
「神水飲んだからじゃのう」
神水の湖が生活用とは豪華過ぎないだろうか。小さい頃に亀を救っただけで、ここまで恩恵を受けていいのか?
よく考えれば浦島太郎も亀を子供から救っただけで、竜宮悪魔城なんてあまりに美味しすぎる話だった。それに年齢が変わったというのも同じだし、美味い話には裏がありそう。
浦島太郎は玉手箱で年老いて死ぬが、俺は若返り過ぎて赤ちゃん以前の姿になって死ぬとか?
「特に裏はないのじゃが……わかったのじゃ。ならばお願いがあるのじゃ」
「お願い?」
「うむ。ほれほれお出で【ふぇありー】」
島亀ちゃんがそう呟くと、どこからともなく六歳くらいの可愛い子供が数人ほど現れた。
よく見ると背中に薄い羽が生えている。
「この子はふぇありーじゃ。我の背中から生まれる妖精で、ようは甲羅のコケじゃな」
「コケ」
ふぇありーちゃんたちは俺の視線に気づいて小さく手をあげた。
「ふぇありーですのー」
「よろしくお願いしますありー」
「楽しいことが好きなのふぇあー」
間延びした声で話すふぇありーちゃん。語尾がバラバラ過ぎないだろうか。それと最後のふぇあーは無理があると思う。
そんな様子を見て島亀ちゃんはため息をついた。
「こやつらこんな感じでずーーっとてきとうに生きていて将来が不安なのじゃ」
「将来が不安」
「生まれて一万年は経つのに、いまだに集落どころか住居すら作らぬし……妖精から脱却して一個の生命体として根付かねばならぬのに、根気がなさすぎるのじゃ」
一万年も変わらないのはある意味才能かもしれない。俺なら数年あればなにか変わる自信がある。
「僕らは難しい話は分からないのですー」
「住居作ったら負けなきがするふぇあー」
「草木と共に生きるのありー」
ふぇありーちゃんたちは草原の上を寝そべってゴロゴロし始めている。話が退屈だったのだろうか。
「なのでカイト殿、こやつらがまともな生命体になるようにして欲しいのじゃ。村とか作って」
「集まって暮らすことに意味はないなのー」
「村とはなんなのありー」
「ただ変わることにも少し気が惹かれるお年頃ふぇあー」
「そんなこと言っとるからいつまでも我のコケなんじゃよお主ら……進化して独自の生命になるのじゃ!」
「僕らをコケにしないで欲しいふぇあー?」
「でもコケって幸せそうありー」
「コケケッコー?」
「それは鶏ありー」
……なんとも独特な雰囲気を持つ子たちだなぁー。いかん移った。
『まったく。本来ならとっくに座敷……』
「座敷?」
『ああいやなんでもないのじゃ』
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