第5話

 ミニョンは千切りキャベツにマヨネーズをかけながら、ユーリックが話していた魔法について考え、彼が戻って来て話を続けてくれるのを待ち遠しく思った。


 台所から戻ってきたユーリックは、おかわりした茶碗をテーブルに置き、椅子に座るとお味噌汁を啜った後、ほうれん草の胡麻和えを食べながら、先程の話を続けた。


「勿論、優しい君が後々、気を患うことがないように僕の魔法で人の命を直接奪うことがないようにはしているよ。魔法は僕らが作ったものを二度と利用出来なくするだけの、実にささやかなものだから、井戸や川で汲んだ水なら問題なく使えるし、僕らが作ったものがない頃の以前の生活に戻るだけだ。ただ、君が食べたいと言って僕が見つけた食材や作り出した調味料は二度と口にすることは出来なくなるから、この砂糖と醤油とすり胡麻が合わさった胡麻和えや白ご飯やお味噌汁やトンカツの美味しさを味わうことが出来なくなるのは残念だろうけど、それは自業自得だから仕方ないと諦めてもらわないとね」


 胡麻和えをしみじみと味わったユーリックは水を飲んで、こう言った。


「僕は君が大好きだから僕の強大な魔力で施した魔法も君に関することには、とても敏感なんだ。どんな些細なものも見逃さないし、取りこぼすことも絶対にない。もしも君が本当に男爵令嬢を虐めていたのなら魔法は発動しなかっただろうけどね。……さて、ここで問題です。僕はどうやって君の無実を知ったでしょう?」


「えっ?え〜っと……男爵令嬢に対して魔法が発動したから?……かしら?」


 ミニョンはお味噌汁の豆腐を口に含みながら考えてみたが、自分に虐められたと嘘を言った男爵令嬢しか思いつかなかった。


「……うん、大正解。ああっ、僕、本当にミニョンが大好きだ。君を好きになった自分を凄く誇らしく思うよ。……う〜ん、一枚目のトンカツは塩で食べたけれど、二枚目はどうしようかな?君の作るものは、どれも美味しくて、とても迷っちゃうよ」


「ありがとう!そうね、お塩も美味しいけど、ポン酢をかけても美味しいわよ」


 愛の言葉に照れるミニョンを見て、ユーリックはニッコリと微笑み、『確かに正解は男爵令嬢なのだけど、魔法が発動した人は他にもいたんだよ、ミニョン』……と、心の中だけで付け足した後、ミニョンとの食事に集中することにした。





 実はユーリックの魔法が発動したのは、虚偽を言ってミニョンに罪を着せた男爵令嬢……だけではなかった。


 ミニョンという婚約者がいながら男爵令嬢と深い仲になり、恋人の言葉を鵜呑みにし、ろくな捜査をせずに衆目の中でミニョンを糾弾し、一方的に婚約破棄をし、爵位を剥奪し、彼女を辱め陥れた王子も、勿論ユーリックの魔法の餌食になったのだが、ユーリックの魔法は留まることを知らず、愛するミニョンを間接的に害した他の者達にも皆、牙を向いたのだった。


 男爵令嬢に誑かされて王子に内緒で深い仲になり、男爵令嬢の計画に加担して、嘘の証拠と証人を手配した王子の取り巻きである公爵子息と侯爵子息と伯爵子息。


 ミニョンの無実を知っていたのに見てみぬフリをした学院の卒業式にいた卒業生達と一部の在校生と、同じく彼女の無実を知っている学院の教師達や王子妃教育を受け持つ教師達と王子を護衛していた騎士達。


 彼女の無実を知っているのに我が子可愛さで王子の罪を隠した王や王妃と城の官僚達と、ミニョンの無実を証明出来る魔法が使えたのに使わなかった魔導士の塔の者達。


 娘が無実なのを知っているのに抗議もせずに裏で王家から莫大な慰謝料を受け取った公爵夫妻。


 数えるとキリがないくらいの王侯貴族達や魔導士達に対して魔法が発動し、ついでに愛する人を害した者をけして許さないユーリックが個人的に国全体に施した強大な結界も学院の卒業式の次の日に綺麗サッパリ跡形もなく消えたのは、当然の結果だったといえよう。


 今でこそユーリックは民達に英雄魔導士と慕われるようになっているが、彼が悪魔魔導士と呼ばれるようになったのは、彼の悪魔憑きと怖れられる容姿や、誰からも愛情が貰えなくて粗暴な振る舞いをするようになったからというのが主な理由では、けしてなかった。


 ユーリックが悪魔魔導士と言われる所以……それはユーリックの魔力が悪魔的に強く大きく、そしてユーリックは敵だと認識した相手に対し、容赦を一切しない魔導士だったからだ。


 そんなユーリックがかけた魔法が、ささやかという控えめな代物であるはずがない。


 勿論、ユーリックが言った通り、その魔法で人の命が直接奪われることはない。


 が、人間は一度便利で快適な生活を覚えてしまうと、それ以前の生活を不便で苦痛だと感じてしまう生き物であり、特に贅沢な暮らしに慣れきっていた王侯貴族達が、以前と同じ生活に一日だって耐えられなくなるのは火を見るより明らかだった。


 突如、不便を強いられることになり、オマケに国中にかけていた結界が消えて無くなったものだから、王侯貴族達は慌てて原因を突き止めようと動き、魔法特許許可局に押しかけて、そこでユーリックが施した、ささやかな魔法の存在を知ったのだった。


 だけど国一番の魔力を持ち、魔法の才能が溢れていた彼のささやかな魔法を解くことは誰にも出来なかったし、唯一解くことが出来る彼を見つけることも出来なかった。


 そこで王侯貴族達は使用人達に、これからも快適な生活を自分達が過ごせるようにしろと命じた。


 それがただの我儘による命令だったのなら、嫌でも使用人達は黙って従っていたかもしれない。


 だけど王侯貴族達が便利な生活を過ごせなくなった理由が、国民にとっての英雄であるミニョンを不当に害したからだとわかった途端、使用人達は皆、退職し、民達も彼らと関わることを徹底して拒んだ。


 ……理由は推して知るべし、だったからだ。


 使用人達が去った後、王侯貴族達は魔導士達にユーリックが作ったものと同等の働きをする魔道具や食べ物類を作らせようとしたけれど、特許が受理されている以上、魔導士達はユーリックが開発した魔法術式と同じものは使えないし、似せたものは魔法特許侵害に触れるから作れなかった。


 そこで王侯貴族達は国際裁判所に申し立てをして、魔法特許許可局に対し、ミニョンとユーリックの特許の取り消しを求めた。


 しかしながら、そもそも特許は特許申請をしてからの二年間は誰もが閲覧可能であり、その期間に申請に対し異議申し立てがなければ、その特許は認められ、一度申請が通ったものは100年間は取り消し不可となるため、彼らの申し立ては却下された。


 それどころかユーリックのささやかな魔法の発動条件が、ミニョンを正当な理由なく害した者に対して発動するというものであったため、あなた方は民達の生活を向上させ、民達の幸福度を上げた英雄公爵令嬢に対し、どんな不当な理由で、どのように害したのですかと逆に申し立てをされる羽目に陥った。


 その結果、複数の匿名の告発を受けた国際警察の捜査によってミニョンの無実は証明された。


 これを知った民達は自分達の生活を良くしてくれた英雄公爵令嬢を不当に害した王侯貴族達が治める国には住めないと国際裁判所に皆で訴えたのだ。


 それを重く受け止めた国際裁判所はユーリックの魔法が発動している者達の身分や領地や財を全て取り上げた後、彼らを未開の地へと永久追放することにした。


 そして王侯貴族がいなくなった後の国は、残された民達によって新たな国の体制が決まるまで、国際裁判所の管理下におかれることとなった。


 たった一人の公爵令嬢の身分を剥奪し、国外に追い出しただけで命までは奪っていない。罰が重すぎると王侯貴族達も自分は何もしていないと控訴をしたが、国際裁判所は、王子達には目には目を……の例え通りに、あなた方が公爵令嬢にしたことをそのまま返すだけだと言い返し、控訴を退けた。


 この国際裁判所の判決による未開の地への永久追放は、実は未開の地で自給自足の生活を送ることでしか、他に彼らの生きる術がない故の温情であった。


 何故ならミニョンとユーリックが開発したものは既に世界中に広まっていて、人の住んでいるところには罪を犯した彼らが住める家や食べられるものがなかったからだ。


 それに気づいた者がいたかを怖いもの見たさで未開の地に調べに行くような愚か者は一人もいなかったから、その後の彼らが、どうなったかは誰も知らないという……。





 学院の卒業式の日に婚約破棄され、実家を追い出されて国を遠く離れたミニョンは、その後に故郷の国で起こったことを知る術を持ち合わせていなかったので、ユーリックの魔法が発動されているのは男爵令嬢だけだとミニョンが言った言葉を肯定したユーリックの言葉をそのまま信じた。


 元々王子に対し、恋愛感情がなかった上に前世の記憶を思い出したこともあり、ミニョンは男爵令嬢に罪を着せられたことを恨んだりはしていなかった。


 それどころか自分の代わりに王子妃になってくれるなんて奇特な人だと思い、彼女のおかげで自分は貴族の重責を免れて、本当に好きな人に好きだと言える立場になれたし、こうして両思いにもなれたのだと感謝の気持ちさえ抱いていた。


「個人的には婚約破棄も爵位剥奪も国外追放も大歓迎だったから男爵令嬢には感謝しているの。けれどね、無実の人に罪を被せた彼女の行ないは、けして許されないことだわ。だから、そこは反省して二度と同じようなことはしないでほしいわね。だって彼女は将来王妃様になるのだもの。あなたの魔法によって彼女が改心してくれることを願っているわ」


 ユーリックのささやかな魔法が発動して、不便な生活を強いられることになった男爵令嬢のために、きっと王子はミニョンとユーリックの作ったものを利用しないで育てた食料や住まいを用意するだろう。


 しかし、たった一人分とはいえ、生活を過ごす上での色々な手配や彼女の世話をする人材を生涯に渡って確保し続けることは、王子と言えども中々に難しいことになるはずだ。


 だって今や生活の至るところに二人が作ったものが溢れかえっているのだから……。


「彼女を愛している王子様が彼女のために苦労して用意する姿を見て、彼女が己の罪を悔い改めてくれることを祈るわ。そして彼女が王子様の愛に応え、報いるために王子妃教育に励み、将来は王妃となって王となった王子様を支えて共に国を治めていってくれればいいわね」


 そんな思いを夕食を食べながらミニョンが語れば、そうだといいねとユーリックが朗らかに頷いて聞いてくれたので、彼女は心も食事を取った後のお腹以上に満たされた気持ちになって、身も心も大満足でご馳走様でしたと食事の終わりの挨拶を口にしたのだった。

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