第41話 決着と後始末

レイトが口の中で狼王を殴った瞬間、狼王の体がドクン!と鼓動し一瞬の間があった後狼の体を突き抜けて二つの人影が地面に落ちた。一人がもう一人に馬乗りになっている体勢になっている。


「これ、は...。」


ザーガが息をのむのも無理もない。あれほど巨大で存在感があった狼の体がボロボロと崩れているのだ。日々魔法を使い超常的な光景を見ている彼らにしてみても珍しい光景だった。それと同時に雷のドームも崩れていく。


「はぁ、はぁ、」


馬乗りになっている人影、レイトが疲れたように肩で息をする。


「お疲れ様。」


後ろを向くとサリヤが立っていた。


「マス、ター。」


うまく言葉が出ずゆっくりと返事をする。


「良い魔法だったわね。」


そう言いながらレイトの目を見るサリヤ。


「えっと、どわぁ!」


サリヤの後ろから飛んできた何かに吹き飛ばされた。


「大丈夫!?」


それはドームがなくなって一目散にやってきたクロアだった。


「だ、大丈夫、だよ。」


みぞおちに突撃をくらって息も絶え絶えで答えたけど、むしろ今のほうが弱っているまであるぞ。


「ルプス様!」

「ルプス様!大丈夫ですか!」


倒れている狼王にも従者達が集まる。後ろから魔法を撃たれたにもかかわらず主への忠誠心は変わらないようだ。


「おいクロア。離れてやれよ。」


ひょい、とクロアを持ち上げてレイトから引き離すトライル。やっと普通に座り周りの状況を確認できるようになってきた。


「さて。少し体を見せておくれ。」


入れ替わりでアイリスが後ろに回り魔法を発動し始めた。


「ふむ。かなり無茶をしたね。魔力はほぼ残っていないし、体はボロボロ。あと少し戦いが続いていたら危なかっただろうね。」


「さっきは夢中だったんで。何も考えてなかったです。」


「だろうね。まあ、直ぐに治るさ。」


そういうとアイリスは魔法に集中し始めた。前を向くと不思議な顔をした姉妹達がこちらを向いている。クロアは少し驚きながら説明をしてくれた。


「アイリス姉は、回復魔法が使えるん、だ。凄い回復するんだけど、あんまり使わないん、だ。」


「アイリス姉さんが私達以外を回復するなんて初めて見た。」


「アイリスねぇー。俺も回復してー。」


二人の驚きようにも、トライルの甘え具合にも気を取られた俺だったが目線はその奥に向いていた。サリヤ、魔王、族長は狼王の方を見ている。まだ警戒を解いていないようだったが狼王が起き上がったところで近づいて行った。


「うっ。わ、我はなにを、」


「ルプス様!大丈夫ですか!!」


「ザーガ。...ここは、どこだ?」


「ここはディスブル国の領地内だ。狼王。」


はっ、とした顔で問いかけに答えたドルファスを見るルプス。


「魔王?ディスブル国?何故だ?我は人間に復讐をしに、人間の集落に向かったはず...。」


「復讐?貴様の同胞に何かされたのか?」


不思議そうに聞くドルファス。狼王の国、オフルス国は人間界と離れている国で、もし仮に人間が入ろうとすれば必ずディスブル国を通る必要があるのだがそんな報告はない。


「............。」


考え込むルプス。それは自分の記憶を探っているようにも見える。


「......いや、何も、されていない。人間は我が国に入ってきていない。何故我は人間に復讐をと言ったのだ?」


「人間に復讐をするというならここに攻め込んでくることもおかしい。それに貴様はこちらの兵が魔族だと言っても攻撃をしてきたそうじゃないか。」


「な!我がそのようなことを...。」


頭を抱えるルプス。その表情から魔王は彼が嘘をついているわけではなく、徹頭徹尾人間に復讐をしようとして行動していたのだと。その動機も過程もすべてが嘘だったというだけの事だったのだ。


「何故、我は、何故。」


「ザーガ殿。ルプス殿が人間に復讐をすると言い始めたのはいつ頃だ?」


今度は自分自身を信じられなくなっているルプスを心配そうに介抱するザーガに問いかけた。


「今朝の事です。起きてこられた時から「戦いに行くぞ」とおっしゃられていました。そして、」


「そして?」


「今思うと不思議でならないのですが、我ら側近は誰も止めようとしなかったのです。私も含め殺気立っていました。なので何故や何処へを聞くことなくルプス様と一緒に戦いへ赴きました。」


後悔するような顔で思い出しているザーガ。それを聞いてサリヤが周りを見渡すと攻め込んできていた狼人族は多くなく近衛兵程度の数しかいなかった。


「戦いに赴く我らを見る同胞の顔は思い出せません。おそらく、」


言葉を濁すザーガ。


「我らは狂っていたのだ。」


確信をつくルプス。


「ルプス様!!」


「我らの行動には一貫性も正当性も理論性もない。狂っていたと考えるのが自然だ。」


「...側近のみが狂っていたと考えるならルプス殿が憑依召喚によって狂い、その魔力にあてられ周囲の者も狂ったと考えるのが妥当だろう。...幻に振り回されていたようだ。」


「......そのようだな。」


「......。」


(さっきまでの彼らと別人格を疑うほど別のことを言う......。狂っていた感じ何処かで。)


過去のことを思い返すサリヤ。その間にも会話は続く。


「あの憑依召喚の、フェンリルの力を手に入れたのはいつ頃だ?」


「......フェンリル。そうか古の魔族を憑依召喚させていたのか。」


「そのようだ。」


「あの力がいつ我の身に宿ったかは分からない。ただ思い当たる節はある。」


「自ら手に入れたわけではないのか?」


「あんなもの欲しいとは思わん。一週間ほど前に地割れの調査をしていた時だった。地震の跡に出来た大きな地割れを調査していた時に地割れの奥から土煙が噴出してきた。周りが見えなくなった時目の前に女が立ったんだ。」


「女?」


「ああ。フードをして種族はわからなかったがあの匂いは女だ。」


匂いでわかるとは流石狼。


「女は貴殿に何をしたのだ?」


「我の胸にナイフを少し刺し魔力を流してきたのだ。早い動きではなかったはずだが我は動けなかった。魔力が流れてきて体が熱くなったところでようやく動けるようになり、反撃をしたが簡単に避けられてしまった。」


「その時我々側近はその女がいたことにも気付けなかったのです。」


爪で地面を削り話すザーガ。今になって悪い結果となり、よっぽど悔しかったのだろうか。


「我らが気付いた時にはその女は地割れに落ち、水脈に逃げたようで追うことが出来ませんでした。ただ、城に戻ったのち検査をしましたが胸の傷以外ルプス様のお体には何も異変はありませんでした。捜索隊を放ったものの成果は何も。」


「そうだな。体に支障はなかったが、ここ何日かはよく悪夢にうなされるようにはなった。」


「悪夢?」


ここまで聞くだけだったハリスが入ってくる。


「色々な悪夢だ。自分の体が爆発する夢や体が燃えるように熱くなる夢をよく見るようになったのだ。今思えばそのあたりから精神的にやられてきた覚えがある。そして我は今朝からの記憶がない。夢の延長線上で現実も見れなくなったのだろう。」


「無関係と見るのは無理筋だな。その女に覚えは?」


「全くない。匂いやフードの形から思うに狼人族ではないのは確かだが。」


「ふむ。謎は多くなるばかりだ。何故その女はフェンリルの力を持っていたのか。何故その女はルプス殿にその力を与えたのか。」


「ルプス殿が反応できなかったことや側近衆が気付かなかったというのも気になる。何か魔法を使っていたのやもしれぬな。」


「そうですね。レイトに、人間に対しての憎しみも過剰でした。それも繋がっているのかも。」


「ふぅむ。」


それぞれ考え込んでしまう三人。


「...ドルファス殿。」


その三人に向かって改めて座りなおすルプス。


「我が狂った力のことを考えてもらえるのはありがたいが、まずはしっかりと謝罪をさせていただきたい。」


「......。」


何も言わずにルプスを見るドルファス。


「この度は我らの狂った行動でディスブル国に攻め込んでしまい本当に申し訳ない!!!」


土下座をするルプス。


「ル、ルプス様。」


少し戸惑った狼人族達だったが、お互いの顔を見合わせルプスに続き全員土下座をした。


「「「申し訳ありませんでした!!!!」」」


「この謝罪で許されるとは思っていない。我らは許されることをした!いかなる罰をも受けるつもりだ!」


土下座をしながらはっきりと自分の気持ちを伝えるルプス。それに対しドルファスは。


「.....。」


熟考している。


「お父様...。」


一応敵国への対応としてどのような判断をするのかサリヤも心配になる。


「顔を上げてくれ、ルプス殿。」


「......。」


顔を上げてお互いに目を合わせる。


「いくら正気ではなかったとはいえこちらの領土に攻め入ったことは許されることではない。」


「...その通りだ。」


「だが完全に正気を失っていたというわけではない。」


「なに?」


「貴殿らが攻撃を仕掛けたこちらの兵。確かに攻撃はされていたが命に別状はないようだ。更に住民が逃げるまであまり攻撃をしてこなかったという報告もある。そのおかげで住民に被害はない。建物は壊れたがな。」


「そ、そうだったのか。」


自分たちの行動を覚えていないルプス達からすればよくわからないといった様子だ。


「だが、それを組み込んでも完全に許されるわけではない。」


「もちろんだ。」


「であるのでこれから狼人族にはこの砦の復興を手伝ってもらう。」


「それはもちろんさせてもらうが...。住民が怖がらないだろうか?」


ルプスがそういうのも無理はない。攻め込んできた敵が砦を直そうと言っても攻撃を受けた側は怖さがあるだろう。


「大丈夫だ。この砦にいるのは私が選んだ理解が早い者たちだ。全ての原因を話せばわかってくれる。それに我らも残る。そうすれば住民たちも安心だろう。」


「そうか。ドルファス殿。その申し出もちろん受けさせていただく!!」


そういうともう一度土下座をするルプス。後ろに続く側近たちも顔を一度上げた後土下座をした。


「そしてこれは私の思い付きなのだが、これからはお互いに情報や戦力を共有していかないか?」


「と、いうと?」


「今まで我らはそこまで交流が無かった。だがこれからはお互いの助けが必要になる場面が必ずあるだろう。だから協力関係を結ぼうと言っているのだ。魔獣の対応しかり。貴殿らの力しかり。少なくとも今我らに降りかかっている事象を解決するまでは協力をしたいのだ。」


「ドルファス殿。」


「それに貴殿を罠にはめたその女。次は私達に牙を向けてくるかもしれない。その時は貴殿らに助けてほしいのだ。」


「...ありがたい!こちらこそよろしくおねがいする!このルプス、ドルファス殿が窮地に陥った時は何を捨てても駆けつけると誓う!」


「我らも誓います!!」


ルプスの声に続いて側近達も誓いをたてた。何もかもが一件落着とはいかないがお互いの関係は強固になったことだろう。


「さて、では始めようか。まずは住民の確認だな。」


「ああ。だがドルファス殿。もう少し待ってほしい。」


「?構わないが。」


「ありがたく。」


ドルファスに許可をとるとルプスは立ち上がりこちらに歩いてきた。それに続く側近達。そしてその全員が俺の前に立った。


「人間殿。」


「レイト殿です。ルプス様。」


「レイト殿。」


やはり戦いの最中の記憶は無いようで何度も呼ばれていたレイトの名前を記憶していなかった。


「うっすらとした記憶しかないが、あなたが我を止めてくれたのだろう?」


「止めたというか、ぶん殴っただけというか。」


「レイト。」


しどろもどろに謙遜をしていると後ろからアイリスが割って入ってきた。


「こういう時は、はい、でいいのさ。どんな経緯があったとしても君との戦いで狼王が正気に戻ったのは事実なんだから。」


子供に言い聞かせるように話すアイリス。彼女は行動による成果はきっちりとしたいタイプなのだろう。


「はい。」


「あなたがいなかったら同胞の命やドルファス殿との協力、そして我の命も無かったかもしれない。それに我が更に暴れて被害が大きくなってしまったかもしれない。攻撃を仕掛けた身で言っても何もならないかもしれないが言わせてほしい。」


そして土下座をするルプスと後ろの側近達。


「本当にありがとう!!助かった!!」


「ありがとうございました!!!」


「あ、えと。」


感謝を告げられるのに慣れていない。ありがとうと言われたことはあるがここまでの本気の感謝は受けたことがない。


「ど、どういたしまして。」


辛うじて言葉を発する事ができた。それを見たアイリスは満足そうにうなずき、そのアイリスを見て姉弟達はとても驚いている。そしてそれをドルファスの横で見ているサリヤ。その感情はわからないが無感情ではないようだ...。

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