第28話 洞窟と白状
先ほどの喧騒はいずこやら。ここは薄暗い洞窟。洞窟の中は結構広く、近くにはさっきまで俺が流れていた深めの川がある。日の光が一切ないにもかかわらず手元が見えるのは所々にある光る石のおかげだろう。なんでもこれはどこにでもある鉱石で街での光源にもよく使われているそうだ。そしてここは魔界と人間界の境目にある山のフィヌスマウンテンの地下水の支流の洞窟だそうだ。その話の中でディスブル国が人間界との境目の近くにあることを聞いた。こんなところで誰に聞いたのかというと、
「ふう。すっかり濡れてしまったな。」
俺を助けてくれたアイリスさんだ。あの変な地響きがあったとき、いくつも地割れが起きたみたいでそのうちの一つに俺が落ちた。地割れに飲み込まれるなんて初めてでてんぱっていると背中を打って水に落ち、何とかもがいていると誰かに抱えられそのまま少し流されてなんとか岩に上げられ、今に至る。
「ありがとうございました。助けてもらってすいません。」
「いやいやいいんだよ。姫やうちの子たちは地割れは避けていたが直ぐに襲ってきたオーク達の対処を始めていたからねぇ。それに私が一番近かったし。」
ドヤァという効果音が出そうな顔と胸に手を当てるポーズで言うアイリスさん。やっぱりあれくらいは避けるのが普通なんだな。そう思うとまた気持ちが落ち込む。
「と、とりあえず上流の方に行ったほうがいいですかね?下流に行って出れる場所があるとはわからないし、なら落ちてきたところから上がったほうがいいかもですし。」
「ふむ。下流に行かないというのには賛成だが、戻るのはやめたほうがいいな。」
「え?なんでですか?」
「洞窟の中は湿気で足場が悪い。足を滑らせてまた流されたら合流が遅れてしまう。」
「なるほど、そうですね。じゃあ待っときます?来てくれますかね?」
「間違いなく来るよ。特にトライルなんかは突撃したがるだろうね。それに姫も君を助けに来るだろう。いやはや主人が使い魔を救出しにくるとは珍しいな。」
「あはは。」
乾いた笑いしかでない。アイリスさん流の和ませ術かもしれないが図星過ぎて何も言えない。
「だがここにくるのは少し先になるだろう。この洞窟は一本道だったが彼女らにそんなことはわからないからね。姫の魔法で足場を作りながら歩いてくるさ。それまで待っていよう。」
よっこいしょと座るアイリスさん。その肩を見ると少し震えている。鬼人族の人達は暑がりのようで全員が半袖半パンのような服を着ていてアイリスさんも例外ではない。多分水に濡れて寒いんだろう。魔界の季節はわからないけど俺的には春の陽気で長袖を着てちょうどよい。
「どうしたんだい?」
早く座れという感じでこちらを見てくるアイリスさん。俺は羽織っていた長袖を脱ぎ、限界まで絞ってアイリスさんに着せて隣に座る。何かの番組で少しでも重ね着をして外気に触れる肌面積を減らすと体温があがると言っていた気がする。
「...へぇ。ありがとう。」
少しにやっと笑い川の方を向くアイリスさん。俺も川を向き、しばし無言になる。
「...ありがとうございました。助けてもらって。」
「んん?いやいやさっきも言ったがいいんだよ。君は姫の大切な使い魔だしね。」
「大切な、使い魔。」
「ああ、最近の姫はとても楽しそうだ。彼女の母がいなくなった時はカラ元気なのが丸わかりだったが、今は心のそこから楽しそうだ。君のおかげだと思うのが筋だろう。」
「そうなんですね。」
「うんうん。」
それからまた無言になった。無言になると変なことを色々と考えてしまう。一昨日までは考えていなかった不の感情。
「...そういえば、君は何か悩み事があるようだね。」
「え!いやー、」
「さっきも言ったが姫には話せないような事なんだろう?なら私に言ってみるといい。そうだな、この服のお礼だ。」
「...。」
まあ、人に話せば気分が変わるかな。...流石に別の世界から来たことは黙っておこう。
「ならお言葉に甘えて。俺、マスターに召喚されるまで全く戦ったことがなかったんですよ。でもマスターにはやりたいことがあってそれを手伝ってあげたいって思って。」
「へぇ。姫にやりたいことが。そのせいか...。」
「でも昨日の...オークとの戦いで自分の価値観が魔界のそれと全く違うことに気付かされたんですよ。弱肉強食。自分と他種族の違いっていう考え方。人間しかいないところから来た俺にはわからないものなんです。」
「......へぇ。それで?」
何も言わずに聞いてくれているアイリスさん。
「それで、俺には他の種族だとしても相手を殺すことが出来ないと思うんです。特に...」
「......人間のような見た目の魔族を、かい?」
「はいっす。」
自分でも甘い考えだと思う。でもサラマンダーと戦った時と昨日の戦いは何か違ったのだ。
「ふーむ。確かに姫には話せないね。」
「っすよね。」
「でもまあいいんじゃないか?」
突拍子もなく肯定してきたアイリスさん。
「へぇ?」
何か否定をされると思っていたから変な声が出てしまった。
「君は凄い平和な所から来たんだろう?ならその考えを持ち続けるべきさ。」
「でも戦いが、」
「確かにこの魔界では戦いが常に起きている。弱肉強食それが摂理だ。だが君のように特定の魔族を殺さないという選択肢もあっていいと思うがね。」
「そう、ですかね?」
「そうさ。私は人間の事はあまり知らない。だがお父様や他の物からの話を聞くに人間は博愛主義の考えを持っている、と聞いたことがある。」
「博愛主義...。」
「ああ。これは魔族が持たない考え方だ。さっきも言った通り魔族は弱肉強食の考え方だからね。」
「魔族と人間だと考え方が違うんですね。」
「おそらくね。それにその考え方が姫に良い影響を与えていると私は思っている。」
「え、そうなんですか?」
「考え方か君のおかげかはわからないが最近の姫は何か楽しそうだ。だから君は君の道理を貫いてほしいね。だが、その選択肢を持つには力を持つことが必要だ。魔界を支配しているのは力で、力を持たないものに生きる道はない。君が生き残り道理を貫くにもある程度の力がなければ死なせないという選択肢も生まれない、というわけさ。」
終始ミュージカルのように手を動かしながら語るアイリスさん。
「もし君が欲するなら私も協力しよう。遠慮なく言いたまえ。」
「ありがとうございます。その時はぜひお願いしますね。」
感謝を伝えるために精一杯の笑顔で答える。自分の考え方を肯定してくれて心が軽くなった気がする。
「というか。」
「ん?」
「なんでそんなに良くしてくれるんです?一昨日会ったばかりなのに。」
「んん?」
顎に手をあてて首を傾げている。
「なんでだろうね?」
「はい?」
「いやー、なんとなくだよなんとなく。まあ自分とは違う感じだからこの先を見てみたいのかもね。姫の初めてのパートナーだし。」
今までの大人な雰囲気とは違う無邪気な笑顔。おもわずドキッとしてしまった。
「それとこのジャケットのお礼さ。」
羽織っている長袖をヒラヒラとして見せつけてくる。こんな乙女だったっけ?
「さて。みんなはまだこないのかねぇ。」
「そういえばずっと地響き起きてないですね。落ちたときはあんなに頻繁にあったのに。」
「確かにそうだねぇ。私も大地のことはまだまだわかっていないからなんともいえないね。」
「アイリスさんは地面を操ってましたよね?」
「ああそうだ。地属性の魔法だ。母が鬼ながら地属性を持っていてね。私とニーナは地属性と身体強化を、トライルとクロアは身体強化のみだ。どちらが良いというわけではないが、みんなお父様のように身体強化魔法の極致まではいけてないけどね。」
「身体強化魔法の、極致?」
「それぞれの属性の魔法には極致と呼ばれるまあ、最終奥義みたいなのがあるんだ。身体強化魔法だと「他の人に身体強化魔法をかける」だね。これが出来れば周りの味方を強化したり、斬れた他人の腕をつけたりできるってことさ。」
「極致、すごいですね。...自分の腕はつけれる前提なのか。」
「前提だね。私たちはまだまだだけどね。魔法の修練度もそうだが身体への理解も必要だからね。」
「ぉーぃ。」
「ん?」
「今なんか。声が。」
それから少しして、
「おーーい!アイリス姉さーーん!!」
洞窟の中にトライルさんの声が響いた。多分上流の方からだろう。
「来たみたいだね。おーーい!」
「姉さん!!」
「ちょっと、トライル!足場ないんだから行かないの!」
「レイトーー!!」
「あんたも行かないの!!」
声の感じからニーナさんが二人の手綱を引いて、マスターが氷で道を作っているようだ。
「ふふっ。何やら大変そうだね。」
「アイリスさん。さっきの話はここだけの話だけのにしてもらってもいいですか?」
「もちろん秘密の話を言いふらすようなことはしないが、姫にはいいのかい?」
「マスターには自分から話してみます。...何言われるかわからないけど、マスターは聞いてくれそうな気がします。」
「私もそう思うよ。レイト君、頑張ってね。」
初めて名前を呼ばれたのでは?
「ありがとうございます。」
満面の笑みで答える。今できる最大限の感謝のあかしだ。
「姉さーん!」
「レイト!」
アイリスさんはトライルさんに、俺はクロア君に飛びつかれて話が止まる。
「「大丈夫!?けがしてない!?おぼれたりとかしなかった!?上は全員殺したからね!あ、皆も上にいるからもう大丈夫だよ!」」
怒涛の質問攻めが二人を襲い返すことが出来ずにいると、
「はいはい、離れて。お姉ちゃん、レイトさん。大丈夫だった?」
ニーナさんが二人を引きはがし、ひとまず落ち着けた。
「ああ、二人とも無事だ。ありがとう。上にお父様達も来ているのかい?」
「うん。なんかいやな予感がしたとかでこっちにきて、助けに行ってくれるって言ってたんだけどこの二人が行くって聞かなくて。」
「...そうか。改めてありがとう、皆。」
落ち着かせるように、言い聞かせるように礼を言って二人を落ち着けた。
「大丈夫ですか?」
周りが落ち着いてマスターが話しかけてくれた。
「はい。お手数おかけしました。」
「...けががないようでなによりです。」
「?」
マスターの反応に少し違和感を覚えたが、その後心配されながらも洞窟から出ることが出来た。一本道で落ちたところからは結構近かったみたいだ。
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