第19話 探索と思い出

はちきれそうなお腹を擦ってマスターの部屋に戻って来た。頬の痛み抜きに食べる量がおかしかった。俺も食べる方だと思ってたけど、体格が同じくらいなのに倍以上食べるのは鬼だからだろうか。この世界の我が家みたいなマスターの部屋に帰ってきたのに、痛みと満腹の気持ち悪さでグロッキーだ。


「...ねえ。」


「な、なに?」


返答がぎこちなくなってしまっている。


「明日からはロンナの鬼達と合同で、魔獣の討伐をやることになるから。」


「りょ、了解。」


「多分アイリスさん達もついてくるでしょうね。」


「なんか、こう、モテモテだったね。」


「そりゃどうも。悪い気はしないけどね。ただ、彼女たちは戦いにはシビアな考えを持っているから、あんたの戦力にならない様をみたら怒るかもね。」


「な、なんで?アイリスさんたちには関係ないんじゃ...。」


「基本的には使い魔の強さって、主人の強さに比例してるの。で、私強いの。」


「まあ、俺からしたら皆強いけど。」


「あんた基準だとそうだけど、アイリスさん達基準だと私は凄い強いの。だからあんたがものすごく弱かったら不思議がるでしょうね。もしかしたらほんとに取って代わられるかもよ?」


「それは、まあ、いやだけど。」


行き場所ないし。


「なら一緒に行かないようにするか、急いで強くなるか、ね。」


「頑張りますー。」


久しぶりの自分の寝床は安心感があったが、明日の不安と今の気持ち悪さであまり眠れなかった。


次の日。ティーナさんが作ってくれたおにぎりを胃に入れ込み、マスターと一緒に城下町の門に向かう。


「あの、マスター...。」


「なんですか?」


「いや、俺、街に出ていいんですか?」


「まあ、私がいるから大丈夫でしょう。」


「そんな感じはしないけど...。」


周りの魔族達がこぞってこちらを、というか俺を見ている。この国で完全な人間の姿をしているのは俺とマスター、後は変身後の魔王だけと聞いていた。周りを見ても人間の姿をしている者は一人もいない。でもアルムン国と確実に違うことが一つある。街にいる魔獣の種族が違う。アルムンでは魔族が殆ど竜人族だったが、この国では色んな魔族がいる。全く詳しくない俺でもわかるほどに違う。ただ髪や肌の色が違うだけじゃない。根本的に構造が違うようだ。


「よく違う魔獣が共生できるな。」


「むしろ、あなたが共生出来るかが不安です。」


「...そうっすね。」


話しながら、周りからの視線を受けながら門に向かった。茂吉ってこんな気持ちだったのかな?そんな元の世界の漫画を思い出していると門についた。どうやって開け閉めするのかわからないほど大きな門は開いており、外にはアイリスさんたちがいた。


「やあ。おはよう。」


「おっはよ!」


「よう。」


「おはよー!」


朝から元気な鬼の姉弟達。


「おはようございます。」


「おはようです。」


周りには色々な魔族がいる。鬼とそれ以外が半々といったところだ。


「さてここから皆で一緒に討伐に、のはずだったんだが。」


「?」


やれやれといった感じのアイリスさん。


「私達が姫と一緒に行けるとはしゃいでいたらお父様に怒られてしまってね。」


「いやー、私達っていうか俺とニーナ姉がはしゃいでたんだけどな。言い過ぎたな。」


「ほんとだよ!それで皆でお父様と一緒だからねー。」


…なんかピクニック気分だな。


「そんなわけで私達はお父様と一緒に行動をする。姫達は皆で行く予定だった箇所を周ってくれ。」


「...わかりました。ご武運を。」


「ああ、姫達も気をつけてな。」


そういうと4人は名残惜しそうに大きい集団の中に向かっていった。鬼でよく見えないけど、魔王いる?


「あそこにいるのってマスターのお父さんと、」


「アイリスさんたちのお父さんのラセツ殿です。」


「めちゃくちゃ強そうっすね。」


「そりゃあもう。肉体の強さは言わずもがな、魔法の強さもぴかいちですよ。」


「へえ。鬼の魔法って、」


「聞けい!!」


魔王と一緒にいたラセツさんが号令を出した。声でか!


「これより3日間!我々は連合軍となり、魔獣を討伐していく!それぞれ思うところはあるだろうが、村や外道に近づく魔獣を野放しにはできん!お互いに守り合い、おぎあいながら任務を遂行せよ!」


「「「は!!」」」


鬼だけではなく、ディスブルの魔族たちも声をあげる。違う国でも結構連携がとれてるんだな。


「私たちは前から討伐や演習、交流を深めていますからね。」


「...俺の疑問、口に出てました?」


「いえ、わかりやすいので。」


「マスターは読心術が得意、と。」


「...あなたががばがばなので、あなた限定ですね。」


「サリヤ。」


話していると魔王が近づいてきた。やっぱり魔族の姿は怖いな。


「お父様。ラセツ殿と一緒に行くんですか?」


「ああ。アイリス君たちとも行動を共にする。お前たちはウォルト達と行くがいい。」


そう言って地図をこちらに見せてきた。所々に点がついているのはそこに行くという意味だろうか。


「いえ、私たちは...。」


と言って俺のほうを見てくるマスター。え?なんかあった?


「少し考えがあるので、二人で行きます。」


「護衛もなしでか。」


「大丈夫ですよ。無理はしません。」


「......。」


怪訝そうな顔をする魔王。というより俺を見ている。


「ど、どうしました?」


襲ってこないとはいえ、見られると怖い。RPGの主人公ってこんなのと対峙してたのか。凄いな!


「いや、なんでもない。サリヤ。気をつけてな。」


そういうと地図を渡し、返事も聞かずにラセツさんのところへ戻っていった。何だったんだ...。その後いくつかのグループに分かれて、バラバラと人がいなくなっていった。アイリスさんたちも手を振ってきた後に魔王と何処かに向かっていき、門の前には俺とマスターだけになった。


「...皆行っちゃいましたね。」


「ええ、行っちゃいました。」


「前も4人だけで外に行ったっすけど、マスターは護衛さんが嫌いなんです?」


「...あなたのせいでしょ。」


脇腹をつんとされた。


「あなたが完璧に使い魔が出来てればみんなと行きますよ。」


「早くそれが出来るようになります。じゃあ何処に行くんです?」


「ひとまず誰もいなさそうな...ここですね。」


周りに点がない部分を指さした。


「っていうかグループ分けそんなに多くないんすね。20くらい?」


「まあ初日ですからね。行きましょうか。」


マスターが歩き始めたので後を追う。はぐれたら会える気がしない。


少し歩いてこの世界の森が元の世界とあまり変わらないと思っていたところで、


「今日はどんな魔獣を狩るんすか?」


「オークです。」


「オーク。」


「そう。それもケイブオークという自然の中に住むオークです。」


なんか良いイメージがない。


「基本的にオークは街には住みません。大人数でいるのが苦手のようで、オークだけで20~30匹のグループを作って洞窟などで暮らしています。ちなみにうちの国にもいるホムオークなどは数は少ないですが家などで暮らすオークです。国にいるのはオークにしては珍しい大人数が大丈夫な個体ですね。」


「へぇー。」


「......あなたのいたところにはオークはいなかったんですか?」


ものすごく聞きづらそうに聞いてくるマスター。


「どうしたの?そんな聞きづらそうに。」


「だって、元の世界を思い出すことになるから。」


「...あー。」


「...それで帰りたいて言われたら...。」


最後のぼそぼそとした声は聞こえなかったが、マスターの言いたいことはわかった。


「大丈夫。元の世界を思い出しても変なことは思わないし。」


「...。」


ちょっとほっとしたみたいなマスター。


「まあ、オークなんかはいなかったね。っていうか魔族は一切いなかったよ。」


「魔族がいない世界?」


「ついでにいうと魔法もない世界だった。」


「...それでどうやって戦うんです?」


「まあ、銃とか。戦車とか。」


「...なんですか、それは?」


「戦争とかで使われてる道具で、魔法は一切使ってないんだ。」


戦車を知らない人に戦車をどう伝えよう。


「とりあえず魔法無しで生活しているということですね。じゃあ、戦うときはどうするんです?あなたを見ると身体能力が高いというわけでもないでしょう?」


「そうだね。戦い自体が非日常だったんだよね。少なくとも俺がいた国では他の国との戦争とかあんまり無かったからねぇ。」


歴史の教科書レベルの知識だけど。


「戦いがない世界...。それに人間しかいない世界。」


「あ、いや、人間以外もいたよ。猿とか狐とか。ドラゴン、はいなかったけど。」


「ふーん。でも魔法がなくちゃ移動も大変じゃない?」


「それは自動車とか電車とかあったから。これらは王族の馬車とは違って一般人でも使えたんだ。」


「ジドウシャ、デンシャ...。」


マスター口調が二人っきりのほうになってる。


「うん。馬車みたいなもんだけど、多くの人を一気に輸送出来て便利だったよ。」


「一気に。それが魔力なしでどう動くの?」


「電気とかガソリンとか。」


「電気は雷の力よね?一度見たことがある。ガソリンってなに?」


「まあ、臭くて泥っとしてる太古の不思議な水?」


よく知らんし。


「そんなものが一般人でも使える...。あなたがいた世界は、その、良いところだったの?私にとっては魔力がない世界なんて不便に思えるけど。」


「まあ、良いところだったよ。魔力じゃなくて電気でほとんど出来たからね。...ああ、帰りたいってわけじゃないよ?」


なんかマスターの顔が曇っていたので慌ててフォローをする。


「そう。それはよかったです。」


元の外向きの言葉使いと顔に戻る。感情の変わりようがわからない。


「他には携帯電話とかもあったかな。」


「また新しい言葉が、デンワ?」


「電話ってのはね...。」


それから歩いている間は元の世界のことをずっと話していた。携帯電話などの電気によって動く機械や、車や飛行機の話。それから身近なものの話をつづけた。この世界にはない物を言うたびに驚いて質問してくるマスターにのってしまって色々と話し込んでしまった。そして、


「それで文化祭の時にクラスで演劇をやったんだよねー。その劇で氷月が主役をやって、ファンが増えたんだよ。」


「......。」


「それから遊ぶのも大変で、ってどうしたの?俺、変な事言った?」


「いや、あなたの話、よくそのヒツキさんが出てくるなって。私に似てる人よね?」


「そうそう。むしろ違うところは右腕、くらいかな。そう考えると何もかも同じかも。」


じーっとマスターを見てみるとどこもかしこも氷月にそっくりだ。


「それは前に聞いた。で、ずっと一緒だったの?子供の時の話にも、ショウガッコウの時の話にも、チュウガッコウの話にも出てきたじゃない。」


「まあ、一緒だったかな。いつから一緒だったかは覚えてないくらい子供のころから一緒で幼馴染ってやつ。」


いつから一緒だったかなぁ。幼稚園かな?


「その人ってあなたの恋人だったの?」


「え!いやいや、友達だよ。」


「でもそれくらい頻繁に話に出てきてるじゃない。」


「...そういえばイベントごとの時はずっと一緒だった気がする。遠足の時も修学旅行の時も同じグループだった気がする。」


そう考えたらずっと一緒だったな。


「今思えば恋人っていうかほぼ家族だったかな。学校では一緒にいて、帰ってから遊ぶのも一緒。」


「それって家族よりも長くいたんじゃない?」


「そうだね。家族が死ぬ前から一緒にいたから、依存してたかも。」


「依存?」


「あいつ結構大人びてて。体は小さかったですけど、幼稚園の時からめちゃくちゃ大人な雰囲気で、クールな感じだったんだよ。小さい頃は俺がついて回ってかな。そこからずっと一緒だったみたいな。」


「...ふーん。」


マスターが少し不機嫌な顔になってから会話がなくなり少し歩いたら大きな木が多くなってきた。中には何百年も生きていそうな大木も有る。


「すっげぇでけぇ。」


「こういう大きな木が生い茂る場所にケイブオークはいるはずなのですが...。」


マスターと横並びで歩き、大木の向こうに出ようとしたところでその向こうに


「これは、」


人型で緑の巨体が倒れていた。それも5人も。そしてそれらは


「うぇ...。ぐ、ぐろい...。」


体中が斬られていた。体中に切り傷があり、中には足が切り取られているのもいた。俺が見てもわかる。...死んでいる。


「......。」


「これって、討伐の人たちが、やったんですかね。」


「...」


マスターが死体に向かっていく。


「マ、マスター?なにするんです?」


「あなたはそこにいてください。見るのはきついでしょう?」


そりゃあきつい、けどマスターの力になるって言ったし...。ごくっと唾を飲み込みマスターの隣に行く。


「行きます!」


俺は前しか見えていなかったがマスターは少し笑って、


「では行きましょう。」


死体の近くにくると匂いが凄い。刑事ドラマとかで吐く人がいるのもわかるほど臭い。


「なぶられてますね。」


「なぶられてる?」


マスターが切り傷を見ながら呟く。


「ええ。この傷はなぶられた痕です。ほら、腹に深い傷があって、背中に浅い傷が多いでしょう?これは一撃で倒せる程力の差があるのに、逃げる彼らを後ろからじわじわと斬ったってことなんです。」


「それって、討伐隊の人たちが、そうしたってこと?」


「それはないでしょう。」


一瞬で否定された。


「それはなんで?」


「このやられ方には遊びや恨みを感じます。討伐隊はここまでやる感情はないはずです。」


「感情って、やられ方でそんなんわかるの?」


「ええ、まあ。」


「すっげぇ。でもじゃあ誰が?」


「それはわかりません。とりあえず」


マスターが死体から別のところに目を移す。そちらを見てみると


「あちらに行きましょうか。」


血の痕がてんてんと続いている。


「血。オークの生き残りがいるんかな?」


「それか襲撃者か。向かいましょう。」


血の痕を追い、森の奥に進む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る