第24話 いやっっっほう!

 スピカ王国とアルバ王国を隔てる山、その頂上に少女は立っていた。


「だ、誰もいないわよね?」


 少女はキョロキョロと周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、思い切り空気を吸い込み――


「いやっっっほう!!!」


 放つ。

 腹の底から発した声は山々を反響する。

 少女は「ふん」と満足げに鼻を鳴らした。


「……これぞ自由!!」


 自信満々の表情を浮かべるその少女は、あどけなさはあるが野暮ったいこの山には似合わない可憐な容姿と恰好をしていた。

 思わず撫でたくなるようなサラサラの長い金色の髪に、アメジストの如き薄紫の瞳。白砂のような肌の色に子猫のような愛くるしさのある丸みのある顔立ち。スレンダーな体型を活かす太ももまで見える短いスカートを履き、上には黒いパーカーを羽織っている。


 猫耳のような膨らみのあるフードの上にはなぜか猿が乗っている。


「なにやってんねんお嬢。もう近いで。勇者はんの匂い」


 奇妙なしゃべり方をするその猿は、見た目も奇妙だった。蝶ネクタイのついたスーツを羽織っており、右眼は眼帯で隠している。


「あらそうなの。やっとねぇ、お師匠から離れてここまで2年かぁ」

「お嬢が方向音痴で無ければもっと早く着いたんやで。反省しいや」

「うっさいわね! アンタがきちんと案内しないのが悪いんでしょ! 可愛い女の子の匂い嗅ぎつけるとすぐにそっちに誘導して! 召喚獣の癖して主人の命令を無視するとは何事かっ!」

「そういや、可愛い女子の匂いも感じるなぁ。うーん、でも人間の匂いとはちょっと違うような……?」


 少女は崖に背を向ける。


「いいから行くわよ! 早くの籠手を取り戻さないと!」

「……道草食ってたのはお嬢やんか……」


 少女と猿は山を下っていく。


「てかこっからまた樹海じゃーん。樹海虫多い~。やだもう。最悪。虫よけの香水買っとけばよかった」

「虫ってああ見えて結構うまいんやで?」

「どんだけうまかろうが虫食うとか信じられない。神経と品性疑うわ!」


 ワーワーと言葉を交わしながら一人と一匹は山を下っていく。



 --- 



 トビとソフィアは樹海の中、グリーンウルフ(風耐性の狼)三匹と対峙していた。


「やっ!」


 ソフィアはブーメランを投げる。グリーンウルフは簡単に躱す。ソフィアは風魔法でブーメランを操り、グリーンウルフを追尾する。銀のブーメランはグリーンウルフの首を絶ち切った。


「あと二匹」


 トビは散り散りになった二匹のグリーンウルフの内、右に逃げた一匹を追いかけ、勇者の籠手で貫き絶命させる。


「っ!」


 トビの背後、最後の一匹のグリーンウルフが口に風を溜めていた。トビは右手を上げてガードしようとするが、その前にソフィアがトビの前に立った。


「がうっ!!」


 グリーンウルフのウィンドブレス、風の咆哮はソフィアの左手に弾かれる。風耐性を持つソフィアに風は効かない。

 トビがソフィアの背後より飛び出し、右腕を突き出す。グリーンウルフはその俊敏な動きで飛び跳ね躱すが、空中にいるところをソフィアのブーメランに捉えられ、胴体を真っ二つにされた。


「良い感じだね」

「はい。トビさんは前衛、私は後衛でタイプが真逆ですから、合わせやすいですね」

「うん。でもこんなに魔物が多いとは驚きだ。息つく暇もないよ」

「アルバとスピカの国境、ボーダー山脈。あの山の上には村がいくつかあって、村が魔よけの結界を張っているから魔物は山には寄り付かず、山の周りに集まるのです」

「山の上に村があるんだ。驚きだな」

「何度か山を登ったことがあります。山にさえ入っちゃえば魔物は出ません。あともう少しの辛抱です。あ、トビさん。右ひじに裂傷がありますよ」

「ん? ホントだ。さっきの風のブレスが掠ったみたいだね」


 ソフィアは消毒液で傷を洗い、包帯を巻きつける。


「すみません。治癒術を使えればこんな傷、すぐに治せるんですけど」

「治癒術はかなり難しいって里長が言ってたけど、ソフィアも使えないんだね」

「はい。四つの魔術の内、私が使えるのは強化術だけです。治癒術、召喚術、結界術は才能と努力、どちらもかなり必要だと里長は言ってました。300年以上生きていて、しかも魔力操作に関しては器用な里長でも召喚術は使えず、治癒術も結界術も多少しか使えません」

「へぇ。じゃあエルフより遥かに寿命の短い人間で、強化術以外の魔術が使える人って珍しいんだ」

「そうですね。耐性を持っている人間よりよっぽど希少だと思いますよ。はい、手当て完了です」

「ありがとう。助かったよ」


 トビとソフィアは魔物を倒しながら進み、樹海を抜ける。

 森が段々と消えていき、山の麓、草木のない岩場にたどり着く。


「ここまで来れば安心です」

「日も暮れてきたし、今日はここで野宿だね」

「はい。トビさんは焚火を用意してください。私は途中で取ってきた食材を調理します」

「……途中で取ってきた、食材……」


 トビは記憶を掘り返す。

 道中。ソフィアが拾ってきたのは木の実、キノコ、そして――虫。虫を殺してはケースに入れていた気がする。殺していたのだから観賞用、愛玩用ではあるまい。


 ……。


 トビは考えるのをやめ、薪を探しに出た。

 焚火を作って、鍋を火で炙って、出来上がったスープをソフィアが木の皿に入れる。

 トビは木の皿に浮かぶコオロギとクモを見て、目から光を消した。


「……これは?」


 一応聞いてみる。


「コオロギとクモの味噌ニンニクスープです」


 モグモグとコオロギを咀嚼し、かわいらしくコオロギの脚を口からはみ出しながらソフィアは言う。ソフィアは満面の笑みだ。美味しいから早くどうぞ? とでも言いたげな笑顔だ。

 トビはクモをスプーンですくって口に運ぶ。


 ……美味い。


 美味だった。


(おいしいけど、おいしいけどさぁ……! 虫食べるのはやっぱり気持ち悪いって……!)


 どうやってソフィアに昆虫料理をやめさせるか。この旅の一つの難題である。


「この旅の中、どんな美味しい昆虫に出会えるか……楽しみですねっ!」

「そうだね……」


 こんなワクワクしている彼女に、昆虫料理をやめてとは言えないな。と、トビは諦めたように小さく息を吐いた。

 食事を終えた二人は寝袋(懐炉蚕カイロマユという防寒性の高い糸を吐く蚕の糸で作った物。エルフ製)を敷く。


「はい、ソフィア」


 寝袋にくるまったソフィアに、籠手を嵌めた右手を差し出すトビ。


「すみません……二時間程度で結構ですので」

「うん」


 ソフィアはトビの右手を掴む。するとスッ……と、すぐさま眠りについた。


「おやすみ」


 トビはそれから朝になるまで、八時間ソフィアを起こさなかった。




 ――――――――――

【あとがき】

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