第20話 利己と利他

 バグマンの館の位置は予め奴隷商から聞いていた。

 トビはソフィアから別れて30分で館にたどり着き、近くの建物の影から館を眺め、どこから攻めるか考えていた。


(正面から行くことはないな。裏口から入って、穏便に……)

「ワン! ワンワン!!」

「ありゃ?」


 館から飛び出してきた真っ黒な体毛の番犬がトビに近づき、吠えてきた。その吠え声を聴き、騎士二人が敷地内から出てくる。


「何者だ!!」

「予定変更。正面突破だ!」


 トビはひと息の内に騎士たちの距離10メートルを詰め、まず右手側の騎士の腹を殴る。拳は鎧を粉砕するほどの威力で、騎士は一瞬で意識を失った。左手側の騎士には顔に回し蹴りをくらわせ失神させる。


(弱いけど、強化術を使っていた。やはり大富豪だけあってそれなりの質を揃えてるんだな。しかも)


 トビは館の門をくぐり、敷地内に入る。

 トビを待ち構えていたのは十六人の騎士。入り口扉の前に並んでいる。


「数も多い。でもごめんね……ついこの前凄い敵と戦ったばかりでさ。君たち程度まったく怖くないんだ」


 それぞれが訓練を受け、鍛錬をし、努力してきた者たち。

 耐性を持つ騎士もいた。魔法が使える騎士、槍を使える騎士もいれば剣士や斧使いと、戦闘方法もバラエティに富んでいた。

 だがそのすべてが、一切の駆け引きなく倒されていった。


 圧倒。


 ものの数分で、トビは騎士を全滅させ、館に入った。


「早かったな」


 玄関ホール、シャンデリアの下に、男は立っていた。

 サムライ。そう呼ばれる剣士。黒いバンダナを頭に巻いた黒髪の男だ。バンダナの影にある瞳を見るだけで男の力量の高さがわかる。獲物を、草陰から狙う狼のように鋭く静かな瞳をしている。


「目的はなんだ?」

「この館にいるエルフ全員」

「エルフは地下牢にいる」

「親切ですね」

「主より、侵入者が欲する物の場所は教えていいと言われている」


 トビはうまいな、と思った。


(多分、バグマンはもう身を隠したんだろう。エルフが見つかればバグマンを探す意味がない。エルフの場所を教えることで、自分の身の安全を確保したわけだ。実際、僕はもうバグマンを探す気はない。スッキリはしないけど、余計なリスクを負う必要はないからね) 


 どんな結末になろうと、バグマンは己の命を確保した。トビは楽になったものの、そのずる賢さに苛立ちは覚える。


「私を無視して地下牢に行けると思うなよ」

「もちろん、きっちりあなたを倒してから行きますよ」

「ふふ。そうこなくてはなぁ!! 我が名はガロン! 戦を求め、血を求める……餓狼なり!」


 サムライ――ガロンは抜刀し、飛び出してくる。

 トビも同時に飛び出す。

 二人は己の武器、籠手と刀をぶつけ合う。足を止めての打ち合いは互いに無傷のまま30秒続いた。


(ただの鉄の武器に見えるけど、これだけ打ち合って刃こぼれひとつしないなんてどういう手品だ? 斬り方を工夫して、刃こぼれを防いでいるのか……?)


 しびれを切らしたのはガロン。打ち合いの途中で、ガロンはいきなり刀を鞘にしまった。


(この打ち合いの中、刀を鞘に!? なんて納刀スピード!!)


 速いのは納刀だけじゃない。トビの頭にあるイメージが流れる。それは、己の首が断ち切られるイメージ。

 トビは籠手で首を反射的に守った。ガロンの抜刀は風切り音すら置き去りにしトビの首に迫る。トビは籠手で刀を弾いた。


「ほう。今のを防ぐか」

「……っ!?」


 しかしトビは攻撃の衝撃で体を横に一回転させた。トビはすぐさま態勢を立て直し、三歩後ずさった。

 速さも、腕力も、トビが上だ。しかし、抜刀時の速度と威力は次元が違う。


(いま防げたのはたまたまだ。次は防げない……!)

「その籠手、中々の硬度だな。斬れるか確かめたい。もう一度同じところへ打ち込む。構えろ」


 居合いの構えに入るガロン。

 トビはガロンの誘いには乗らず、さらに距離を取る。


「では、ゆくぞ」


 ガロンはトビを追い、ダッシュする。トビはニヤリと笑い、タイミングを合わせて飛び出した。


「なに!?」


 互いに全速力で飛び出したことで、距離は一気に詰まった。

 しかもトビは防御を捨て、一直線にガロンの顔面を狙っている。裏はない。フェイントはない。どんなことが起きてもガロンの顔面だけは貫く構えだ。


 ガロンには二つ、選択肢があった。

 トビの胴体を真っ二つにするか、籠手を抜刀術で弾くかだ。

 トビの胴体を真っ二つにすればトビを殺せるが、ほぼ同時に籠手に顔面を貫かれるだろう。籠手を抜刀術で弾くのは可能だが、自分の頭を狙う籠手、ゆえに位置が高く、体を捻らないと刃は届かない。威力はかなり軽減し、体勢も不安定になる。次の一手は確実に後手に入る。


 相打ち……をガロンは選ばず、体を捻って抜刀で籠手を逸らす。体勢を崩したガロンの頬に、トビは左拳による裏拳を当てる。ガロンは攻撃を受けながらもすぐに抜刀態勢に入ったので、トビは距離を取った。


「ククク……」


 ガロンは口角から垂れる血を舐め、笑う。


「なにを笑っている」

「そっちこそ」


 トビはガロンに顔を指され、自分の表情筋を触る。

 トビの顔はにやけていた。


「くはは! てっきりエルフを助けに来た正義の味方だと思ったが……違うな。お前は私と同類だ」


 愉快気に話すガロンに反して、トビは冷静な面持ちをする。


「戦いを好み、血を好む餓狼だ」


――戦闘狂。


 強者との戦いを好む異端者。ガロンはまさしくそれだった。

 そしてガロンはトビに自分と同じ匂いを感じ、そう指摘したのだが、


「え? 全然違いますよ?」


 トビは手を振って否定する。


「癖なんです。苦戦している時に笑うの。こうすると相手が不気味がってくれるのでいいんですよね。残念ながら、僕とあなたは全く違う」


 トビは呆れた風に話す。


「あなたは自分のためだけに武器を振るっている。自分の欲を満たすために刃を振るう。理解できないな。なんで自分にそこまで尽くせるんですか? そこまで自分を大切にする意味ってありますか? 他人に尽くしてこその人生だとは思いませんか?」

「……」


 この時、ガロンはトビという男にぬめりとした気持ち悪さを感じた。


「僕には到底理解できない。自分を満たすためだけの人生なんて……」

「なるほどな。私とは真逆にズレているな。私と、貴様のちょうど中間の人間が普通なのだろう」

「? 僕は普通の人間ですよ」

「自らのズレに気づかない分、貴様の方が私よりたちが悪いかもな」


 ガロンの空気が一変する。


「自己中心的な私と、利他の極致の君、はたして軍配はどちらへ上がるか……な?」





 ――――――――――

【あとがき】

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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