第19話 ガロン
「静かだね」
ソフィアの眠り粉のおかげで、奴隷館の中にいる奴隷商および奴隷たちは全員眠っていた。
トビたちの実力なら正面突破でも難なく目的を達することができただろう。だが前提として、トビたちは奴隷館を機能停止にしてはいけない。奴隷館を潰せば、奴隷たちを世話する者がいなくなるからだ。
偽善と正義をはき違えてはいけない。奴隷たちを解放することが最善でないことはトビもソフィアも言葉を交わさずともわかっていた。
トビとソフィアは奴隷商が管理者室と呼ぶ部屋に入る。奴隷商のロッカーや机などが置いてある部屋だ。彼らの本陣である。そこから檻と錠のマスターキーを取り、ミランのいる檻へ向かった。
ミランのいる部屋、そこに繋がる重い鉄の扉をトビは開く。
「うっ……!?」
ソフィアはあまりの異臭に顔をしかめた。トビも同様だ。二人はマスクを探す時間を惜しみ、マスクを被らずに入った。ゆえに、その異臭をフィルターなしで受けてしまう。
ソフィアは異臭に一瞬怯みはしたものの、すぐさま駆け出した。この腐りきった空気が、彼女のミランへの心配を加速させたのだ。
「ミランさん!」
ミランを見つけたソフィアは叫ぶ。
ミランはソフィアの方を向くと、わなわなと体を震わせた。
「そ、ふぃあ。ソフィア!! ソフィア……!!」
ミランは安堵から涙を流し、叫び返した。
ソフィアはすぐに檻のカギを外し、檻の中に入る。そして、ミランを優しく抱き寄せた。
「ダメ……ダメだよソフィア。私、汚いの。もうあなたと抱き合っていい存在じゃないの……穢れたの……」
自虐するミランを、ソフィアはぎゅっと抱きしめる。
「そんなことありません。昔と同じです……こんなにも温かくて、良い香りがする……!」
ミランの体は冷たい。
ミランの体からは他の奴隷と同じく異臭がする。
それでもソフィアはそう言い切った。
時間はない。けれどトビは急かすことはしなかった。ミランの震えが止まるのを待った。
「ミランさん。これを」
ソフィアはミランの錠の鍵をはずし、フード付きの外套をミランに被せる。
フードで尖った耳を隠し、長いコートで服装や手錠の痣などを隠す。両足が動かないミランをソフィアが背中におんぶする。
「代わろうか?」
「大丈夫です。いまは……その……」
ミランはトビを信用できないのか、トビに対しては怯えた表情を見せている。
トビが味方であることは理解している。彼のおかげで今の状況があることもわかっている。だけど、自分を辱め痛めつけてきたヒューマンという存在を――信用できない。トビに体を預けることには抵抗があるようだ。
「わかった」
トビはミランの心情を理解し、了承した。
三人は奴隷館の外に出る。
「ソフィア。君はミランさんを連れて一度エルフの里に戻るんだ」
「トビさんはその間どうするおつもりですか?」
「バグマンの館を攻めて残りのエルフを救出する」
「無茶です!」
「でもやるしかない。君の睡眠魔法が解けて、エルフが盗まれたことが広まれば、同じようにエルフを所有するバグマンは館の警備を固める。僕らを捕まえたい奴隷館もそれに協力するだろう。そうなればもう手出しはできない」
例えトビとソフィアでも、完全に警備を固めた富豪の家を攻め落とすのは難しい。
「タイムリミットは君の魔法が解けるまでの6時間。この間にエルフ達を救出し、別の場所に移す必要がある」
「私が全力で移動しても、エルフの里を往復するのに6時間以上は掛かります……トビさんは完全に一人で戦うことになるんですよ!」
「問題ない。話によるとバグマン家の警備はザルらしいからね」
譲る気のないトビ。こうして話している間にも刻一刻と時間はなくなっていく。ソフィアは不満げに頷いた。
「わかりました……でも無茶はしないように! 私もなるべく早く戻れるようにしますから!」
「はいはい」
ソフィアはミランを連れて去っていく。
トビはバグマンの館に足を向ける。
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バグマン=ベイル。
バグマン商会の長であり、一世代で自分の商会をアルバ王国一番の商会にした敏腕を持つ。この王都に存在するほぼ全てのショップと繋がりがあり、ミランがいた奴隷館も彼の管理下にある。言うまでもなく、大富豪。その館は城のような外観をしている。
館の最上階。四階の執務室にバグマンは一人の男と共にいた。
「なにやら、嫌な予感がするな」
バグマンはやせ細った男だった。頬骨が浮き出ており、目は魚の目のように丸く、鼻の下と顎には権力を主張するように髭が伸びている。ピッタリのスーツを纏っているゆえに、痩せた体のラインがよくわかる。軽く押すだけで倒れてしまいそうな容姿……なのに、歪で忌々しいオーラを纏っている。
「ほう。それは商人の勘、というやつですかな?」
そう尋ねたのは黒いバンダナを頭に巻いた男。腰には極東の剣――刀を携えている。
引き締まった筋肉の持ち主で、体格はトビに似ている。武人然とした静かな闘志を持っている。
「そうだな。お前はなにか感じぬか? ガロンよ」
「感じますね。嫌な予感、というより、良い予感、ですが」
禍々しいオーラを持つバグマンと、鬼神の如きオーラを持つガロン。二人が共にいるこの部屋は、常人ならいるだけで息が詰まりそうだ。
「貴様の良い予感は私にとっては悪い予感だよ」
「そうかもしれませんね。なーに、心配はいりません。我が刃の前に――敵はいません」
ガロンは己の刀の鞘を撫で、そう言い切った。その表情には揺るぎない自信がある。
――――――――――
【あとがき】
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